特発性肺線維症による息切れに悩み、Sさん(当時69歳)が来院されたのは10年ほど前のことである。私は早速、在宅酸素療法を処方し訪問看護を手配した。訪問看護師によるリハビリと指導のおかげで、Sさんは定年後のライフワークとも言える木工クラフトを楽しむことができるようになった。それもつかの間、約10カ月後、Sさんは感染を契機とした急性増悪のため入院。やっと回復しつつあった1週間後、主治医の制止を振り切るように退院された。
私と妻はSさんの自宅へ向かった。マンションの玄関では奥様がにこにこしながら出迎えてくれた。診療所ではいつも影のように寄り添っていた奥様の様子の違いに戸惑いながら、アトリエで待つSさんと向き合った。木工機械、そして自身の描いた焼岳、それらに囲まれて座るSさんは意外なほど生き生きとしていた。診察が終わり奥様に煎れていただいたお茶を飲みながら、Sさんが丹精込めて育ててきた観葉植物に囲まれて過ごしているうち、Sさんが退院を渇望した理由が自然と腑に落ちていった。
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