「息を吸えば吸うほどしんどいんだよ、この肺線維症って病気は……」
大腿動脈から動脈血を採取している私に向かってこうつぶやいた男性を受け持ったのは今から8年前、初期研修医の頃である。喫煙歴のない彼は、原因不明の上葉優位の肺線維症を有していた。
現在もこれぞという有効な治療法はないが、当時は悪化する肺の線維化に対して、ステロイドや免疫抑制薬が用いられていた。それが影響したのかどうかはわからないが、彼はMRSA肺炎による呼吸不全に陥ったのだ。十分量のバンコマイシンを投与しても、病態は日に日に悪化していった。高齢だったし、死は不可避であることは初期研修医の私にも理解できた。
思い返せば、目が合うたびに「呼吸がしんどい」と言われる日々だった。非悪性疾患に対してオピオイドなど投与できる時代ではなく、強い呼吸困難感に対して何もできないのが悔しかった。それでも、がむしゃらに毎日ベッドサイドに足を運んでいた。研修医の自分には、そうすることしかできなかった。
CO2ナルコーシスに陥ることができない呼吸不全の患者さんの最期はつらいものである。意識が落ちるまでが長い。彼のSpO2は酸素投与下で72%にまで落ちながらも、意識は清明だった。そんな彼の最期の一言を、どういうわけか私が聞くことになった。これは、一生忘れることのできない言葉になった。今でも頭の中で鮮明に再生することができる。
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