「先生、私まだまだ生きていたいの。頑張れるかしら……」。37歳で結腸癌がみつかってから、50歳までに5箇所のがんを経験したSさん。6つ目のがんが子宮にみつかったとき、Sさんが思いつめたような表情で言ったことを今もよく覚えている。
Sさんの最初のがんは上行結腸に発生し、かなり進んでいたが、幸運にも転移はなく、再発もみられなかった。しかしその後、横行結腸癌、直腸癌、小腸癌、S状結腸癌、子宮癌が次々に発生し、その都度手術を受けて事なきを得てきた。
両親は早くに他界し、家族歴の詳細は不明だったが、がんの発生の仕方からみて、当時注目され始めていた遺伝性非ポリポーシス(性)大腸癌(HNPCC)が疑われた。遺伝子検索の結果、DNAミスマッチ修復系遺伝子のひとつであるMSH2の変異が認められ、HNPCCの典型例と判断した。
HNPCCは、①若年でのがんの発症、②右側結腸癌の発生、③小腸癌の合併、④(女性では)子宮癌の発生、などが特徴と言われており、Sさんはそのすべてに該当していた。
大腸にポリープが多発する大腸腺腫症とは病態が異なるため、予防的大腸全摘術の対象ではないと判断し、厳格な経過観察を行うことにした。
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