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健常と強迫性障害との間の概念は ある?【subclinicalなOCDとして研究中】

No.4786 (2016年01月16日発行) P.63

清水栄司 (千葉大学子どものこころの発達教育研究セン ター長/千葉大学大学院医学研究院認知行動 生理学教授)

登録日: 2016-01-16

最終更新日: 2016-10-25

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【Q】

仕事をしているときに,他人の音や動きが気になってしまい,たとえばメールを送るとか,物を捨てるとか,何かを決定する作業ができないというのは,強迫性障害の範疇ですか。
強迫性障害に至らないまでも,何かをしつこく確認するなどの「強迫的な」傾向というのは,医学的に分類されているのでしょうか。 (兵庫県 K)

【A】

ご質問の内容は,強迫性障害〔強迫症(obsessive-compulsive disorder:OCD)〕の症状が疑われます。本人が100%集中して,仕事の大事なメールを書いて送ろうとしたとき,他人の音や動きが気になってしまい,そちらに注意が向いてしまったために,「大事なメールの内容(あるいは宛先)を書き間違えてしまったのではないか」「自分の間違いメールで大変なことが起こるのではないか」などの強迫観念(obsessional thoughts)が浮かび,メールの内容や宛先を10回も20回も確認しなければいけないという強迫行為(compulsive behaviors)をしてしまうような症例です。物を捨てるときにも,「間違えて大事なものを捨ててしまったのではないか」という強迫観念が浮かぶために,雑念が入らないように捨てたり,ゴミ箱を何回も確認したりしなければなりません。
病的な「強迫観念」に対して,健常な「侵入思考」(文献1)という概念があります。「心に突然入り込む考え」のことです。健康な人も,外出中にふと「自宅の鍵をかけ忘れてきたのではないか」という考えが浮かんだりしますが,それが「侵入思考」です。OCDでは誰にでもある侵入思考を必要以上に「無視したり,抑え込もうとしたり,中和しようと」反応しすぎるために,不安や考えが余計に強く感じられて,強迫観念となってしまうと考えられています。
OCDの治療の第一選択である認知行動療法は,あえて不安を引き起こすような状況に自らを置くようにする「曝露」と,不安を下げるようについしてしまう強迫行為を自ら制御するようにする「反応妨害」を組み合わせる,段階的な曝露反応妨害法を中心として行われます。これにより,強迫観念から想定される最悪で破局的な事態を受け入れる姿勢を持つよう指導します。症例では,「メールを書き間違えて,大変なことが起こってしまうのではないか」という考えを受け止めながら,メールの確認をしない練習をセラピストといっしょに毎日少しずつ行い,習慣にしていくという方法になります。
精神疾患の診断は,症状のために,仕事ができないとか,私生活が辛くてしかたがないとか,日常的な機能障害を起こしていることが診断基準(文献2)に含められています。
特に,OCDでは,症状が「時間を浪費させる(1日1時間以上かける)」場合という記載があります。外出時にドアの鍵を2度確認するくらいならば通常の範囲で,1時間以上も鍵の確認をするとOCDの範疇になるわけです。その間の,いわば強迫「予備群」もあり,subclinicalなOCDというような,研究で使用される概念カテゴリーがあります。しかし,DSM-5(文献2) のような公式な診断分類ではありません。
また,別の精神疾患でも,しつこい確認はみられます。たとえば,自閉スペクトラム症(発達障害)でも,「限定された反復的な行動様式」を有することが知られており,頑ななこだわりを示すときなどには,診断を考慮すべきです。

【文献】


1) David A Clark:侵入思考─雑念はどのように病理へと発展するのか. 丹野義彦, 監訳. 星和書店, 2006.
2) 日本精神神経学会, 監:DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル, 高橋三郎, 他, 訳. 医学書院, 2014.

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