【Q】
精神保健及び精神障害者福祉に関する法律の第5条に「この法律で『精神障害者』とは,統合失調症,精神作用物質による急性中毒又はその依存症,知的障害,精神病質その他の精神疾患を有する者をいう」とあります。この条文中の「その他の精神疾患」とは,どこまでの範囲を指すものですか。 (埼玉県 U)
【A】
条文で例示された疾患以外の,国際疾病分類(ICD-10)のFコードにある精神疾患すべてが含まれます。したがって,各種の認知症性疾患を含む脳器質性精神障害,妄想性障害など統合失調症の近縁疾患,気分障害(うつ病,双極性障害とその近縁疾患),神経症性障害やストレス関連障害(PTSDなど),摂食障害,睡眠障害,性同一性障害,発達障害,高次脳機能障害など,精神科医療の対象となりうるすべての疾患が入ります。加えて,Gコード(神経疾患)に分類されているものの精神科で治療を受けることが多いてんかんも対象となります。
上記のように広く括った上で,「精神保健福祉法」の中の制度によっては対象の範囲を若干絞っていて,やや複雑です。以下にいくつかの例を挙げます。
「障害者総合支援法」の「自立支援医療(精神通院医療)」制度は,もともと「精神保健福祉法」の制度だったこともあり,対象者は「精神保健福祉法」第5条を準用していますが,その場合でも「その他の精神疾患」の一部などは,精神保健指定医や精神科医療に一定の経験を有する医師の診断を事実上の要件としています。そのようにして公費医療の大幅な増加を抑えていると考えられます。
現在,断酒できていないアルコール依存症や長期間の断薬が確認されていない薬物依存症は,治療の意思と必要性があれば「自立支援医療」の対象になり,もちろん「精神保健福祉法」に基づく入院医療の対象にもなりえますが,「精神障害者保健福祉手帳」の対象にはなりません。
また,服薬の継続によって長期間発作がない状態のてんかんは,再発予防のために「自立支援医療」の対象になりますが,現時点で生活機能の障害があるとはみなされないため「精神障害者保健福祉手帳」の対象にはなりません。
さて,実は「精神保健福祉法」第5条は,より根本的な問題を抱えています(文献1)。本法の対象を「精神障害者」としながらも,条文ではいくつかの精神疾患名を例示し,かつ「その他の精神疾患を有する者」としていて,障害(disability)概念と疾患(disorder)概念─医学的概念を混在させていることです。
福祉と保健・医療(非自発的な入院医療も含む)という異なった目的を1つの法律に詰め込んだために,このような折衷的構造になったのです。また,統合失調症を筆頭に挙げることで,この病気に対する偏見を助長する危惧,精神病質という今日ではほとんど用いられなくなった疾患名を残していることの弊害も指摘されています。
こうしたことは法改正のたびに問題にされてきましたが,2013年の法改正においても手付かずのままでした。今後の大きな課題なのです。
1) 岡崎伸郎, 編:精神保健福祉法の根本問題─抜本的見直しに向けた論点整理.精神保健・医療・福祉の根本問題. 批評社, 2009, p31-59.