精神医学では事例性という概念が特に意識され,産業保健の現場では,うつ状態・うつ病,適応障害などの精神疾患を社会医学用語として,メンタルヘルス不調と呼ぶ。かつてはメンタルヘルス不全という用語が一時的に用いられた時代があったが,不全というと心不全のようにかなり重症で不可逆的な状態を連想することから,最近は厚生労働省がメンタルヘルス不調という用語を,産業保健の現場で経験される精神科的な疾患に対して用いている。
厚生労働省では,WHOの疾病分類ICD-10の精神疾患Fコードのすべてを含む概念としているため,不眠症や,極端に言えば統合失調症までをメンタルヘルス不調とする人もいる。しかし,単にメンタルヘルス不調というと,精神医学で言ううつ状態・うつ病,適応障害など,かなり狭い概念であり,メンタルヘルス不調という用語を産業保健スタッフが用いているときは,どのような疾患を指すのかをよく吟味した上で議論をしなければ,産業医と精神科医との連携の中で,話がかみ合わないことがある。そして,よく話を聞くと,臨床的には職場の上司,同僚との人間関係,仕事の量・質,さらに仕事の裁量権などの問題だけでなく,家庭内のトラブルがストレス因となって精神疾患を発症している症例が多く,これらのすべてを含めてメンタルヘルス不調と呼んでいるようである。
確かに,ストレスの原因は多岐にわたり,病像も様々であるため,精神医学的にはより精緻な診断や治療がなされなければ,産業保健現場で起こっている精神医学的な問題を解決することにはならないと考えられる。