音楽劇「夜のピクニック」を観た。
『夜のピクニック』は恩田 陸の小説で、彼女の母校、水戸一高の伝統行事「歩く会」が舞台となっている。筆者も同校の卒業生なので2004年の発売後に読んだが、「歩く会」の体験を超えて、子どもから大人に成長する過程で誰もが一瞬だけ経験する純粋で切ない心情を、みずみずしくかつ幻想的に描いた名作で、第2回本屋大賞を受賞するなどベストセラーとなった。丁度身内の関係者だけでデンマークの介護を視察に出かける機中で読んだのだが、前の座席には同行した母校の同級生同士の建築会社社長ご夫妻が並んで座っていたので、薄暗い機内で小説の幻想的な空間が再現されたような感じがして、不思議な気持ちになったことを視覚的に覚えている。
『夜のピクニック』はその後映画化され、母校も撮影に全面的に協力して話題となり、試写会には卒業生でもある県知事も出席するなど大いに盛り上がった。しかし、興行的には成功したとは言えず、いつしか作品についても語られることがなくなっていた。素人の筆者でも、作品の持つ幻想的な雰囲気が実写であるが故に却ってうまく再現できておらず、違和感を感じた。
今回の音楽劇「夜のピクニック」は水戸芸術館の演劇専用劇場で上演された。水戸芸術館はバブル全盛期の1990年に、文化のある街づくりをめざした当時の母校卒業生の市長が精魂を込めて造り上げた芸術文化の殿堂で、長らく故吉田秀和氏が館長を務められ、音楽専用ホールの専属楽団「水戸室内管弦楽団」は、音楽界では有名な存在となっている。
映画では難しかった幻想的な雰囲気を、元々非日常的な舞台の上で、2人の語り部が過去を振り返る形で自然に見せた脚本と演出のすばらしさ、それをさらに引き立たせる音楽と挿入歌の一体感が舞台を感動的なものにした。ちなみに、脚本は同館演劇部門芸術監督の高橋知伽江氏、演出は母校出身の故深作欣二監督のご子息で、父に連れられて同劇場に通っていた方であった。
このように音楽劇「夜のピクニック」は、名門とされるが受験一辺倒ではない母校、水戸一高の豊かな感受性を持った卒業生の力が結集された作品と言えるだろう。地方の公立校は、受験には圧倒的に不利なのだが、歴史と伝統に根ざした全人的な教育が行われており、多様な人材を輩出していることが誇りである。