2016年8月18日付の産経新聞は、日本版「医務総監」が来年度にも創設されることが検討されている、と伝えた。米国のサージャン・ジェネラル(Surgeon General)をモデルとしているという。このサージャン・ジェネラルを初めて知ったのは、1974年、ロングビーチVA(在郷軍人)病院で内科レジデントに入っていたときである。
その頃、1800ベッドを擁するロングビーチVA病院の内科研修プログラムは内部的に混乱していた。採用時に面接を受けた内科チェアマンは辞しており、代理をとったスタッフ2人が熱心にプログラムを練り上げてくれたが、レジデントの間でローテーションに対する不満は強かった。新しいチェアマンが着任したが、新たなプログラム内容について、団交のようなことも起こった。レジデントの意見を相当取り上げてくれたが、ほどなくしてそのチェアマンも辞任する。
その後、内科チェアマンの席は空席のままとなった。しかし、優れた陣容の教育スタッフに異動はなく、ローテーションの内容も当初より改善しており、日常は満足できる程度のものになっていた。一方、病院上層部は、新しい内科チェアマンを求めて動いていた。ある時、スタッフ、レジデントらが大勢、講堂に招集された。何かと思っていると、内科チェアマンとなる候補者によるレクチュアである。候補者の能力を推し量る一端であろう。そのようなことが2度ばかりあった。講師はいずれも原稿、スライドなしで、どよめきが起こるほどの見事なレクチュアをしてみせた。それでも決まったという知らせは聞かなかった。
その後、当分たって、内科チェアマンのことは皆が忘れかけていた頃、突然、サージャン・ジェネラルが降りてくる、と米国人の友人が言った。サージャン・ジェネラルとは何か、と聞くと、米国の医療のトップにあり、国の健康政策〔筆者注:公衆衛生サービス(public health service)〕の全体に関わるポジションで、就任には議会の承認が要るようだ。シガレットケースの横に「たばこを吸うと有害になる」と付けた人がサージャン・ジェネラル、と喫煙する友人は言った。確かに、たばこの箱の側面に、「サージャン・ジェネラルは告げる、喫煙は健康に有害となる可能性がある」と印刷してある。そういう言い回しであったと思う。
その人、ジェシー・シュタインフェルド(Jesse Steinfeld)氏は、ニクソン大統領と合わなくて辞した、そしてご自身がレジデント研修を受けたこのロングビーチVA病院の研修レベルが、かつてより落ちていることを残念がって、立て直すためにくるのだと、友人は加えて言った。シュタインフェルド氏が研修を受けられたのは1950年代であったろう。一般に米国の医学は、そして医学教育は1950~60年代にかけて最も隆盛し、医学教育は多分60年代終わりをピークとして70年代半ばに下降する。
私が入ったロングビーチVA病院でも、古い時代のシビアなトレーニングを経てきた強烈な個性の、印象的に優れたスタッフがあちこちにいて、かつての時代の名残をまだ見せていた。
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