聖路加国際病院での赤ちゃん健診の歴史は古い。50年以上前にさかのぼり、先々代の小児科部長である西村昴三先生の時代は、子どもドックと言って、身体診察はもちろん、知能検査から短距離走の時間まで測定するプログラムがあったと伺ったことがある。現在はそこまで行わないが、生後1カ月から3歳までに8回の健診があり、同じ医師がずーっと担当する。そして、保健師の丁寧な予診と次の健診までの手厚い指導が毎回ある。
そんな至れり尽くせりの健診に、新米お母さんが3カ月の赤ちゃんを連れてきた。第一声、こんな質問をされた。「うちの子、まだ3カ月なのに、眉間にしわが寄っているんです。こんな赤ちゃんていますか?」そう言われながら静かに抱かれている赤ちゃんの顔を覗き込むと、なるほど、小さな顔の眉の間には、見事なしわがくっきり。「あら、本当ですね……」と、指でちょっと伸ばしてみた。指を離すとすぐまたしわができてしまう。なぜだかわからないので、「3カ月にして思慮深いお子さんなんですよ、きっと」なんて言おうと思いながらお母さんの顔を見上げると、思わず笑ってしまいたくなるくらい同じしわが、お母様の眉間にくっきり……。そこで、「子どもって、大人の鏡なんですよ。赤ちゃんのしわとおんなじしわが、ほら、お母さんにありますよ。いつもしわを寄せた心配顔でお子さんの顔を覗き込んでいませんか?」そしてこう付け加えた。「子どもって、大人の真似をしながらいろんなことができるようになるんです。だから真似できるってことは、とても優秀な赤ちゃんですよ。こんなふうになってほしいな、ってことを目の前で見せていれば、なんでもできるようになりますよ」。
さて、最近のお母さんは、子育て中もスマホを手放せない。お母さんの視線は子育てサイトの検索画面に釘付けである。子どもの視力が発達してくると、子守り代わりにスマホを見せられ、今度は子どもがスマホに釘付けになる。
お母さんが赤ちゃんの様子をじーっと見てくれる今日の赤ちゃんは、まだ幸せなのかもしれない、と思い直した。