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事実としてのデータへの過信[炉辺閑話]

No.4889 (2018年01月06日発行) P.33

相澤孝夫 (日本病院会会長)

登録日: 2018-01-02

最終更新日: 2017-12-20

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データという言葉ほど怪しく魅力的な言葉はない。『広辞苑』によれば、データとは「それをもとにして、推理し結論を導き出す、または行動を決定するための事実」とされている。ある結論を導き出したり、ある行動を促すために限られたデータのみに着目し、他のデータは取り上げない場合であったとしても、データという事実から導き出された結論や決定された行動であるから、それは正しいに違いない、と我々は理解し納得してしまうことが多い。データという事実を基にして得られた結論や行動であるから正しいとされている「ことがら」も、恣意的に取捨選択されたデータに頼って導き出された結論や行動であり、偏りがある可能性が高いことを常に念頭に置いてものごとを考える習慣を、我々は身につけておく必要がある。

地域医療構想における2025年の入院医療需要は〔2013年の性・年齢別の入院医療受療率〕×〔2025年性・年齢階級別推計人口〕にて求められているが、この数値があたかも確からしいデータとして独り歩きしている。〔2013年の性・年齢別の入院医療受療率〕は事実としてのデータであるが、〔2025年性・年齢階級別推計人口〕は推計でありほぼ確からしいデータではあるが、事実ではないことを認識しなければならない。さらに、入院受療率は患者の在院日数の短縮に伴って年々低下しており、2025年の受療率は2013年の受療率に比べて低くなることが推測される。

この受療率の低下を度外視して推計された2025年の入院医療需要の推計は到底確かとは言えない怪しげな数値であると認識しなければならないであろう。このように、きわめて不確実な数値(医療需要)から算出された2025年の必要病床数を目安として地域医療構想を論じることは、誠に空しいと感じるのは私だけであろうか?

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