前回(No.4909)は、自動車事故の約1割が運転者の体調変化によることをご紹介しました。運転者の体調を良好に保つために、必要な薬剤は積極的に用いられるべきです。そこで、今回は自動車の運転を前提においた薬剤の処方について考えてみます。
まず、法律で定められていることですが、自動車の運転を規定する道路交通法において、いわゆる「薬物」について規定されているのは第66条「何人も、過労、病気、薬物の影響その他の理由により、正常な運転ができないおそれがある状態で車両等を運転してはならない」のみです。すなわち、自動車運転者に対して自らの健康状態を良好に保つこと、そのために、運転操作に支障がない薬物を適切に用いることが自己責任として定められています。ですから、ある処方薬を内服しているから自動車運転ができないということは、法律に一切記載されていないのです。
ところで、一部の薬剤が眠気を誘発し、自動者の運転に支障きたすことがあります。また、眠気を自覚しなくても、脱力感や頭重感などの症状を訴え、結果的に認知・作業能力が低下していることもあります。交通事故で救命救急センターに搬送された運転者のうち、意識消失が先行していた例として、向精神薬多剤内服後の運転、降圧薬の多剤内服による低血圧、常用薬の怠薬によるてんかん発作、インスリン注射や経口糖尿病治療薬による低血糖─が挙げられています。
このように、疾患の治療目的で処方されている医薬品を適切に使用していないことや医薬品使用量のコントロールが不良であることも事故の原因になります。したがって、自動車の運転を前提とした処方では、ご本人にあった副作用が少ない薬剤を選択する必要があります。
一方で、医療用医薬品添付文書(以下、添付文書)に、「眠気を催すことがあるので、本剤投与中の患者には自動車の運転等危険を伴う機械の操作には従事させないよう十分注意すること」(運転等禁止)、あるいは「眠気を催すことがあるので、本剤投与中の患者には自動車の運転等危険を伴う機械の操作には特に注意させること」(運転等注意)と記載されている薬剤があります。この記載に従うならば、ある一定の疾患を有する患者は自動車の運転ができないということになります。
例えば、抗てんかん薬の添付文書には、運転等禁止の記載があります。この記載に従うならば、抗てんかん薬を内服している患者は自動車を運転できないことになります。しかし、疾患が良好にコントロールされており、安全に運転ができる状態であれば、運転が法的に認められています。
したがって、添付文書におけるこの表現はわが国で定められている法の記載と矛盾しているのです。さらに、添付文書内にこの記載がある薬剤が、必ずしも眠気等の副作用の発現率が高いとは限りません。添付文書の記載が医師の処方権を縛るものではないことを、まずご理解いただきたいと思います。
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自動車の運転は、患者の交通社会参加を可能にする重要な手段です。したがって、ある薬剤を内服しているからといって一概に自動車の運転を禁止することは妥当ではありません。あくまでも、患者さんの生活にあった適切な薬剤を選択する努力を惜しまないことが重要ではないでしょうか。