ラ(=la)は峠をあらわすチベット語である。インド最北部、インダス川源流域にあるラダック、その語源は「la-dags、峠の国」で、かつては文字通り峠の王国であった。
ラダックのガイドブックには、最も高所にある自動車通行が可能な道はカルドゥン・ラで、その標高5602メートルと謳ってある。が、実際には5392メートルで、世界最高を誇るためにサバを読んであるらしい。
それでも十分に高い。3200メートル以上の高所で4~5日順応していったにもかかわらず、車から出て少し歩いただけで息切れがした。「Oxygen Café」なるものがあるのもわかる。タルチョが無数にたなびき、遠くカラコルムの絶景が素晴らしかった。
青・白・赤・緑・黄色の布地に経文が印刷されたものがタルチョである。風にはためくたびにお経をあげたことになる便利なものだ。だから、風の通り道でもある峠には必ず飾られていて、下界の人たちに功徳をまき散らしてくれている。
しかし、カルドゥン・ラは決してのどかなだけの場所ではない。ラダックは東西を中国とパキスタンにはさまれている。両国へ通じるこの峠は軍事的な重要度が高いので、軍用車が行き交っていた。
中国のようなだだっ広い国ではそんな字が必要ではなかったのか、「峠」は国字、和製漢字だ。だからという訳ではないけれど、なんとなく琴線に触れる言葉である。『伊豆の踊子』の天城峠や『女工哀史』の野麦峠など、峠を舞台にした文学作品も多い。
病気になった時、お医者さんや患者さんが待ち遠しいのは、なんといっても峠を越すことだろう。たまらなくホッとする。これはトレッキングをしていても同じことだ。
2泊3日で行ったシャムトレックは峠をいくつも越えるコースだ。別名をベビートレックというだけあって、誰でも行けるコースである。しかし、越える峠の高さは3700メートル以上なのだから、日本的な感覚からいくと決して半端な高度ではない。
はためくタルチョを目指して峠を登りきると、まったく違った景色が目に飛び込んでくる。ラダックの山々は地肌がむき出しだ。そんな茶色の峠で喉を潤しながら、木々や麦畑で緑あふれる村を見ていると、疲れは吹き飛び、心が次第になごんでくる。
「峠の国」で経験したこと、考えたこと。6回にわたって書いていくつもりです。
なかののつぶやき
「トレッキング途中、3750メートルの峠。真っ青な空に浮かぶ雲、そして風にはためく五色のタルチョ。カラーでお目にかけられないのが残念です」