(高知県 F)
【常在細菌叢のバランスが重要。近年,ディスバイオーシスが注目を集める】
悪玉菌,善玉菌なる言葉がマスコミ等でよく使われます。病原性を有するClostridium perfringensをはじめとするクロストリジウム属細菌やバクテロイデス属細菌などが悪玉菌,プロバイオティクスに使用されるラクトバシラス属細菌やビフィズス菌(正しくはビフィドバクテリウム属細菌)などが善玉菌と呼ばれています。
筆者はこれらの用語は科学的に適切であるとは考えません。腸内細菌は互いに相互作用を及ぼしながら棲息していますので,絶対的に有害,絶対的に有益な細菌と規定することは正しいとは言えません。Bourliouxら1)の総説にて使用された「潜在的有害菌」(potentially harmful bacteria:クロストリジウム属・ベーヨネラ属・プロテウス属細菌,ブドウ球菌,緑膿菌などが含まれる)と「潜在的有益菌」(potentially beneficial bacteria:ビフィドバクテリウム属・ラクトバシラス属・フゾバクテリウム属細菌,窒素合成菌などが含まれる)の用語を推奨します。
ヒトの腸管内には400種類以上,100兆個以上の細菌が常在細菌叢〔フローラ(flora)およびマイクロビオータ(microbiota)とも呼ばれる〕を形成し,宿主に様々な効果を及ぼしています(表1)2)。潜在的有害菌も潜在的有益菌も相互に作用し合っているため,ご質問にあるように,これらの細菌のバランスが保たれていることが重要です。抗菌薬投与の際,腸内常在細菌叢が攪乱され,菌交代症としてディフィシル菌,緑膿菌,カンジダによる感染症が起こることが知られています。
近年の腸内常在細菌叢の研究から,ディスバイオーシス(dysbiosis)という状態が注目されています。ディスバイオーシスとは「環境関連因子,宿主関連因子などによって誘導される腸内常在細菌叢の構成的かつ機能的変換」と定義されます3)。感染,炎症,薬剤,食餌内容,遺伝因子などにより引き起こされ,①病原微生物の増殖,②常在細菌叢構成細菌数の減少,③常在細菌叢の多様性の低下などの特徴的な所見が認められます。
ヒトの各種常在細菌叢のメタゲノム解析の結果,ディスバイオーシスは精神・神経疾患(不安症,自閉症,多発性硬化症など),気管支喘息,非アルコール性脂肪性肝炎,肥満・糖尿病,炎症性腸疾患,動脈硬化症などきわめて多くの疾患と関係していることが報告されています4)。今後,疾患と腸内常在細菌叢のディスバイオーシスとを対象とした研究が進展して,単なる関連性(correlation)ではなく,因果関係(causation)について多くの知見が得られることが期待されます。
【文献】
1) Bourlioux P, et al:Am J Clin Nutr. 2003;78(4): 675-83.
2) 神谷 茂:臨検. 2011;55(2):121-7.
3) Levy M, et al:Nat Rev Immunol. 2017;17(4): 219-32.
4) 神谷 茂:Jpn J Antibiot. 2017;70(1):1-13.
【回答者】
神谷 茂 杏林大学医学部感染症学教授