(京都府 K)
【原薬の安定供給とグラム陰性菌への薬効発現が実用化への鍵】
ペニシリンをはじめとする抗生物質は,微生物を人工培養することで発見されてきました。しかし,これまでに培養できたバクテリアは全体のわずか1%ほどであり,土壌中には未知の抗生物質がいまだ多く眠っていると言われています。近年,iChipと呼ばれる新たな培養デバイスの開発により,難培養性とされてきた微生物も増殖できるようになり,その中から抗生物質テイクソバクチン(teixobactin)が発見されました1)。
テイクソバクチンは,細菌が細胞壁を生成するために必要な2つの異なる成分を標的とする「二重標的機構」を持ち,バンコマイシン耐性菌を含む様々なグラム陽性菌に対して有効です。また,特に構造が変異しにくい「糖─二リン酸」部位に結合することから,耐性獲得に30年かかったバンコマイシン以上に耐性菌が出現しにくいと考えられています。世界保健機関(World Health Organization:WHO)から薬剤耐性菌の脅威に対する警鐘が鳴らされており2),新規作用機序を持つテイクソバクチンの臨床応用への期待が高まっています。
テイクソバクチンは,マウスを用いた動物実験でもその薬効が認められ,単離元の米国ベンチャー企業NovoBiotic Pharmaceuticalsでは前臨床試験が行われています。今後,①原薬の安定供給,②グラム陰性菌への薬効発現,が実用化の上で重要になってきます。
テイクソバクチンの産生菌はこれまで培養が難しいとされてきたものであり,プロセススケールで安定して供給し続けるためには,さらなる技術開発が求められます。判明している生合成遺伝子クラスターを利用した培養供給も有効な手段だと考えられます。
テイクソバクチンはグラム陰性菌の外膜を通過することができず,緑膿菌などには効果がありません。化学修飾による構造変換が解決策の1つですが,allo-エンドラシジジンという供給に手間を要する構成アミノ酸を入手容易なものに置き換えてしまうと,抗菌活性の減弱や二重標的機構の消失などにつながってしまいます。それぞれの標的部位にどのようにして結合しているのかを予測できれば,特有の生物活性を維持した類似化合物の創製が期待されます。
このようにテイクソバクチンは魅力的な抗生物質ですが,実用化に向けては継続的な基礎研究が重要だと考えられます。
【文献】
1) Ling LL, et al:Nature. 2015;517(7535):455-9.
2) World Health Organization(WHO):WHO’s first global report on antibiotic resistance reveals serious, worldwide threat to public health. 2014.
【回答者】
大澤宏祐 東北大学大学院薬学研究科反応制御化学分野