(大阪府 W)
【ウイルス遺伝子配列が8%異なり,成人がAに感染すると約7~8%慢性肝炎に移行。ワクチンは有効だが,効力の程度は不詳】
HBVゲノタイプとは,遺伝子変異によって生じた抗原決定基の塩基配列の違いによるHBVの分類です。配列の違いが8%以内であれば同じ遺伝子型,8%以上の場合は別の遺伝子型と定義されます。これまでにA~Jまで9つのゲノタイプ(IはCの亜型)の遺伝子型が報告され,さらに配列の違いが4~8%の間では,亜型(サブゲノタイプ)としてA1,A2などの数字を用いて分類されます。8%の遺伝子の差はヒトとチンパンジーの違いと同等で,臨床所見や治療反応性が異なるため,その違いは診療の重要な情報となります。
2011年5月より,酵素免疫測定(enzyme immunoassay:EIA)法によるHBV遺伝子判定(イムニスHBVゲノタイプEIA)が保険収載されています(検査費用は実施料340点,免疫学的検査判断料144点)。HBV Pre-S2抗原のエピトープを検出する方法であり,わが国に多いゲノタイプA,B,C,Dが判定可能です。HBV-DNA量が核酸アナログ製剤で検出感度未満になっても判定可能である一方で,Pre-S2領域のエピトープ部分に変異があると判定不能となりサブゲノタイプの判定もできませんが,B型肝炎患者を診察したときは,必ず測定して頂きたいと思います。
わが国のB型肝炎は従来ゲノタイプCが大半を占めていましたが,水平感染によるゲノタイプAが増加しています。ゲノタイプAは急性肝炎発病後,高ウイルス量の期間が長く,遷延化・持続感染化の確率が他のゲノタイプより高くなります。成人初感染例の約7~8%で急性肝炎後にキャリア化することが知られており1),ほとんど慢性化しないゲノタイプCとは区別する必要があります。
2000年以降,わが国の成人B型急性肝炎例では性感染症(sexually transmitted infection:STI)としてのゲノタイプA感染者が都市部を中心に増加し2),国内の男性同性愛者では,ヒト免疫不全ウイルス(human immunodeficiency virus:HIV)とHBVの重感染例でゲノタイプAが圧倒的である一方で3),高齢女性にもゲノタイプAが散見され,感染者の真の実態は把握できていません。
1986年からのB型肝炎母子感染防止事業により,母子感染(垂直感染)率は激減しました。また,輸血などの医療行為によるHBV感染も,現在ではほとんど認められません。2016年からは1歳未満に対してHBワクチンの無料接種も始まっており,キャリア率の減少もさらに期待される一方で,新生児がユニバーサルワクチンを受けた症例でも,長期観察後HBc抗体陽性者が見つかるだけでなく,HBV-DNA陽性例の存在も世界各国で報告されており4)5),インフルエンザ予防接種と同様に「重症化を防ぐ」のであって,「感染を完全に防御」するわけではないことを忘れないで頂きたいと思います。
グローバル化に伴い,元来の地理的分布とは異なったゲノタイプのHBV感染が顕在化し,前述したように,わが国でもゲノタイプA感染例が増加しています。海外を訪れる人が増え,世界中からの来訪者も想定されます。今後は,国内で従来みられたゲノタイプ以外のHBVによる感染も念頭に置く必要があります。現在わが国で使用可能なHBワクチンは,ゲノタイプC由来のビームゲン®(KMバイオロジクス)とゲノタイプA由来のヘプタバックス-Ⅱ®(MSD)の2種類であり,これらの互換性(ゲノタイプA由来のワクチンでゲノタイプCの感染が抑えられるか等)を確認した研究6)7)では,HBワクチンを接種し獲得したHBs抗体により,接種ワクチンと異なるゲノタイプのHBV感染も防御可能であると推測されていますが,実験結果であり,臨床での証明は今後の課題です。
また,米国疾病予防管理センター(CDC)発行のCDC Health Information for International Travel 2016(通称Yellow Book)では,異なったブランドのHBワクチンを投与する場合について触れ8),あるブランドで開始したHBワクチンの接種スケジュールは別のブランドのワクチンで完了することができると述べており,将来的に国内で使用可能な2種類のHBワクチン,ビームゲン®とヘプタバックス-Ⅱ®を同一接種スケジュールに併用することも考えられるかもしれません。
ワクチンには不応例,エスケープ株も存在し,接種すれば,抗体ができれば安心というわけではありません。また,抗体価が下がったときに,異なるゲノタイプの感染を予防できるのか,ワクチン追加接種の必要性など,いまだに解決しなければならない課題があります。
ご質問への回答をまとめると,ゲノタイプ間はウイルス遺伝子配列が8%も異なり,ゲノタイプAは成人で感染すると7~8%程度慢性肝炎に移行します(宿主因子<ウイルス因子)。
実験上では,ビームゲン®,ヘプタバックス-Ⅱ®のいずれで産生された抗体であっても,異なるゲノタイプの感染を予防することが可能ですが,感染した際のHBV-DNA量や抗体価等によって左右される可能性もあり,ワクチン併用や追加接種を含めて今後の検討課題になります。
【文献】
1) Ito K, et al:Hepatology. 2014;59(1):89-97.
2) Matsuura K, et al:J Clin Microbiol. 2009;47(5): 1476-83.
3) Fujisaki S, et al:J Clin Microbiol. 2011;49(3): 1017-24.
4) Stramer SL, et al:N Engl J Med. 2011;364(3): 236-47.
5) Wu TW, et al:Hepatology. 2013;57(1):37-45.
6) Hamada-Tsutsumi S, et al:PLoS one. 2015;10 (2):e0118062.
7) 加藤正樹, 他:ワクチンによる異なるジェノタイプのB型肝炎ウイルス感染予防効果の検討. 第52回日本肝臓学会総会, 2016.
8) Prevention CfDCa. CDC Health Information for International Travel 2016. Chapter 3 Infectious Diseases Related to Travel. 2016.
【回答者】
是永匡紹 国立国際医療研究センター肝炎・免疫 研究センター肝疾患研修室室長