第26回日本神経消化器病学会は東京・神田にある学士会館にて,2024(令和6)年9月26~27日に開催された(図1)。
ここで少し学士会館について触れておこう。学士会館は旧帝国大学(国立7大学)の同窓会「学士会」の会館として,神田錦町の地に1913(大正2)年に初めて西洋風木造2階建て建造物として建てられた。しかし,その後火事や関東大震災により焼失と再建を繰り返し,1928(昭和3)年に現在の学士会館が建設された。
実は,この地は東京大学発祥の地であり,前身の東京開成学校が開学していた。戦後は,連合国軍総司令部(GHQ)に接収されて閉館し,1956(昭和31)年に返還されるまで高級将校の宿舎や将校倶楽部として利用されていた。また,この地は野球発祥の地でもある。ホーレス・ウィルソン氏が東京開成学校で教師として教鞭を執った6年間,生徒たちに野球を教え,日本全国に野球が広まった(https://www.gakushikaikan.co.jp/info/)。
この長い歴史を持つ学士会館は国の有形文化財に登録されているが,建造物の老朽化と周辺の都市開発により2024(令和6)年12月29日をもって閉館し,旧館の一部を残して2030年を目途に新しい学士会館として生まれ変わる予定である。
このたび,日本神経消化器病学会を主宰するにあたり,二度と見ることのできない学士会館で本学会を開催することはできないものかと思い,それを実現することができたことを,大変嬉しく思っている。
今回,第26回日本神経消化器病学会の学会スローガンを模索する中,筆者自身が基礎医学研究者であることから,基礎と臨床の融合を意識し,ありきたりではあるが「融合~新たな視点から~」というスローガンとした(図2)。
中心となる消化器内科の臨床医に加えて,脳神経内科医や基礎医学研究者,さらには工学系研究者も交えて様々な研究者が融合し,それぞれ新しい視点から機能性消化器疾患の基礎と臨床を考える場にしたいという願いからである。また,筆者は獣医師でもあるので,小動物臨床の獣医師にも参加して頂き,消化器内科の臨床医との交流の場となることを期待し,日本大学生物資源科学部獣医学科の亘 敏広先生に講演を依頼した。
上記の通り,基礎と臨床の融合を意識し,次の3つの企画シンポジウムを開催した。
ここでは,基礎医学系の研究者による消化管運動制御に関わる研究に焦点を当てた。
岐阜大学の志水泰武先生には,ラットを用いた中枢神経系による大腸運動制御機構について講演して頂いた。志水先生は,中枢神経系との神経性連絡を維持したまま大腸運動を評価できるユニークなin vivo測定系を樹立し,中枢神経系による排便調節機構の解明に挑んでいる。
名古屋市立大学の中森裕之先生は,ラット摘出近位結腸標本のビデオイメージング法による蠕動運動評価系を用いて,二次胆汁酸や短鎖脂肪酸を感知するGLP-1を介した蠕動運動亢進作用機構の研究成果を発表された。
名古屋大学の中山晋介先生にはマウス結腸運動の基礎となる自発性電気活動について,蛍光Caセンサーを発現させたマウスを用いたin vivo細胞内Ca活動測定や微小電極アレイによるカハール介在細胞(interstitial cells of Cajal:ICC)の電気活動測定などの技術で計測し,その解析結果から腸神経原性運動説に関する講演をして頂いた。
いずれも大腸運動制御に関わる基礎研究であり,臨床にも関連する講演内容であった。
この企画シンポジウムでは,過敏性腸症候群(irritable bowel syndrome:IBS),難治性機能性ディスペプシア(functional dyspepsia:FD),慢性炎症性の消化器疾患などにおける新規治療標的の提案を4人のシンポジストに講演して頂いた。
島根大学医学部の三島義之先生は,炎症誘発性IBSによる内臓知覚過敏がTLR9/BDKR B2(ブラジキニン受容体B2)シグナルを介して発症する可能性を提示した。
日本医科大学の二神生爾先生と中村 拳先生は,難治性FD患者におけるTrypsin/PAR2シグナル系を介した十二指腸粘膜炎症の慢性化について明らかにし,新たな治療標的としてPAR2シグナル阻害の可能性を示した。
札幌医科大学の三原 弘先生は,マウスのインドメタシン誘発小腸潰瘍モデルを用いてTRPV4イオンチャネルの活性化が小腸潰瘍に関与することを見出し,薬害性消化管慢性炎症管理におけるTRPV4の重要性を提唱した。
最後の演者である同志社女子大学薬学部の松本健次郎先生は,マウス若齢期社会敗北ストレスによって誘発されるIBSモデルマウスを用いて,TRPM8イオンチャネルの関与するシグナル経路がIBS症状の寛解因子として働くことを見出した。さらにTRPM8活性化薬であるペパーミント投与がIBS症状を緩和させることを発表した。
これら4つの研究は,いずれも新規の神経消化器病疾患の新たな治療戦略を提唱する研究であり,たいへん興味深いシンポジウムであった。
3つ目の企画シンポジウムは,より基礎研究色の強いシンポジウムとした。
関西医科大学附属光免疫医学研究所の石亀晴道先生は,複雑な壁内神経ネットワークと自律神経によって制御されている消化管運動の全貌を,一つひとつの神経系を遺伝学的手法(ケモジェネティクスによる神経機能操作法,ジフテリア毒素を介した神経除去法など)を用いて操作することで解明しようとする,独創性の高い壮大な研究の一端を紹介した。
岡山理科大学の江藤真澄先生には,消化管平滑筋収縮のCa感受性調節機構と消化器疾患での異常について講演して頂いた。
麻布大学の梶 典幸先生には,消化管運動のペースメーカー機能を担うICCやPDGFRα陽性間質細胞の生理機能と病態での異常について概説して頂いた。ICCが正常な消化管運動に必須であることは明白であるが,ヒトの機能性消化器疾患でのICCの異常に関する明確な報告がなく,今後の臨床研究が期待される。
九州大学の白 暁鵬先生は,マウスの拘束ストレスモデルにおいて変動する腸内細菌叢の解析結果から,小腸陰窩幹細胞の増殖や分裂を抑制する作用を持つ腸内細菌を同定し,ストレスによる腸内環境変動が病態発生に大きく関与することを発表した。
本シンポジウムは,今後の神経消化器病研究においてきわめて重要な研究の一端を紹介できたのではないかと考えている。
本学会では,多くの企業より協賛を頂いた(スポンサードセミナ―3本,スポンサードシンポジウム5本,ランチョンセミナー4本)。この場を借りて,改めて感謝の意を表したい。
下記に示すように,多岐にわたる内容であった。特に,腎臓内科,循環器内科,獣医小動物臨床内科,工学系研究者など異分野からのシンポジストも多く,本学会スローガンに合致した内容であった。誌面の関係から,開催の枠組み概要のみの記載とする。
a)腸内細菌叢に応じた個別介入はIBS治療の新たな選択肢となるか
b)慢性便秘症の治療戦略を再考する
c)消化管の知覚過敏・微小炎症・免疫機構の解明に向けて─医学研究ツールとしての漢方薬─
d)腸内細菌とニューロンの関わり
e)小動物診療における消化管疾患の診断と治療
f)消化管をターゲットにした生体模倣システムテクノロジーの最前線
g)軽症逆流性食道炎の治療
h)機能性ディスペプシア(FD)診察のUp To Date
i)オピオイド受容体拮抗薬の消化管における役割
j)慢性便秘症の病態生理を考える─直腸感覚閾値の上昇(便意の消失)の関与とその治療について─
k)慢性便秘症診療の最先端
l)重症病態における腸内細菌叢と腸管内治療─シンバイオティクス療法から糞便微生物移植まで─
日本神経消化器病学会では,開催学会のすべての一般演題から学会賞(最優秀賞,優秀賞)と並木賞(心療内科的話題に関連した発表演題の中で,特に優れた発表に授与)が選出される。本年度は,並木賞の受賞者は該当なしという結果となったが,旭川医科大学の船山拓也先生に最優秀賞が,富山大学の門脇 真先生・加藤 諒先生と防衛医科大学校の西村弘之先生に優秀賞が授与された。
船山先生の受賞研究においては,SGLT2阻害薬が末梢神経系を介してではなく,中枢神経系を介して腸管のleaky gutを改善することを見出し,leaky gutの新たな治療戦略と糖尿病治療との関連性を示唆する研究成果が高く評価された。
優秀賞を受賞した西村先生の受賞研究においては,まず,レーザー誘起衝撃波による頭部外傷モデルがIBS病態を引き起こすという動物モデルを用いたユニークな点が評価された。さらに,このIBSモデルにおいて高尿酸血症状態が中枢性に作用した後に迷走神経性に末梢に伝搬して,内臓過敏ならびに腸管透過性亢進を抑制することを見出した。これらの結果は,尿酸がIBS治療に有用である可能性を示唆している。
同様に優秀賞受賞となった門脇・加藤先生による研究では,腸管粘膜神経叢の形成維持には粘膜グリアからの毛様体神経栄養因子(ciliary neurotrophic factor:CNTF)の恒常的産生が重要であり,これには腸内細菌によるTLR4の活性が関与することを明らかにした。消化管粘膜神経叢の再生や維持に腸内細菌叢が関与するという新たな知見を示す研究成果が高く評価された。
2024(令和6)年9月28日に東京大学大学院農学生命科学研究科の中島董一郎記念ホールにて「腸からはじまる私たちの健康科学~腸内細菌と腸管免疫~」というタイトルで第20回日本神経消化器病学会市民公開講座を開講した。
当日は腸内細菌の種類と機能,免疫機能に与える食の影響,乳酸菌OLL2712株による生活習慣病予防,という内容で3人の講師の先生に講演して頂いた。聴衆からもたくさんの質問が出て,内容のある市民公開講座となった。
神経消化器病は症例の多い疾患であり,かつ感染症などと異なり、その原因は中枢性疾患や老化との関係など多岐にわたり,根治の難しい疾患と言える。また,基礎医学的立場からは,疾患モデル動物がつくりにくいこと,腸管神経叢がきわめて複雑な回路であること,腸内環境による影響を強く受けること,など多数の壁がある研究領域であった。しかし,科学の進歩とともにこれらの障壁も軽減され,現在では,まさに臨床研究と基礎医学研究が協奏できる研究領域になってきたと言えよう。
今後,本学会を通じて様々な研究が展開され,神経消化器病に対する新たな治療標的の発見や治療薬の開発,ガイドラインの整備などに本学会が貢献することに期待するとともに,一会員として尽力する所存である(図3)。