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甲状腺亜全摘後,徐々に進行する肝機能障害

No.4959 (2019年05月11日発行) P.54

井上貴子 (名古屋市立大学病院中央臨床検査部副部長・講師)

登録日: 2019-05-13

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56歳,女性。美容師で不動産業も兼業。小柄でどちらかといえばやせ型。若い頃に機会飲酒程度。既往としては,①1998年,甲状腺癌で亜全摘施行,②2011年,右膝蓋骨骨折で手術,③2016年,転倒し胸椎圧迫骨折,④以前からエビなどで蕁麻疹が出ることがある,⑤最近,不眠を訴えるため睡眠薬を投与中。普段は特に症状なく元気。テルミサルタン(ミカルディス®),甲状腺ホルモン(チラーヂン®S)50μg錠2.5錠,ブロチゾラム(レンドルミン®)服用中。
2012年までは検査値に異常を認めませんでしたが,2013年から軽度の肝機能異常(AST 37U/L,γ-GTP 49U/L)があり,2018年5月21日には肝機能検査値は表1のようにさらに上昇していました。腹部超音波,CTは未施行。肝機能検査値の近年の推移は表2の通り。
(1)本人の申告では,最近はアルコール類をほとんど飲んでいないとのことですが,アルコール性肝障害の可能性はないでしょうか。
(2)脂肪肝の鑑別は必要でしょうか。
(3)不眠を訴えていますが,肝機能に睡眠状態が影響することはありますか。
(4)鑑別診断のために付け加えるべき検査があればご教示下さい。

 

(新潟県 F)


【回答】

【アルコール性・非アルコール性いずれにしても診断確定には,肝生検による肝組織像の確認が必須】

(1)アルコール性肝障害の可能性

現時点ではアルコール性肝障害の可能性も,完全に否定することはできないと思われます。

ご指摘の通り,AST>ALT,γ-GTP上昇,肝炎ウイルスマーカー陰性はアルコール性肝障害の特徴に挙げられる所見です。アルコール性肝障害の診断を確定できる単一の検査項目はないので,血液検査では他にIgAの上昇,MCVの増加,自己抗体陰性(特に抗ミトコンドリア抗体・抗核抗体),血清トランスフェリンの微少変異(carbohydrate- deficient transferrin:CDT)なども参考になります。病理組織像(肝生検)も必要な検査です1)

(2)脂肪肝の鑑別

脂肪肝の鑑別は必須と思われます。脂肪肝はアルコール性と非アルコール性(non-alcoholic fatty liver disease:NAFLD)に分類されますので,ここではNAFLDについて述べます。

NAFLDの原因は過栄養(肥満,糖尿病,脂質異常症)が多いのですが,薬剤,低栄養状態,遺伝性疾患などが原因となることもあります。本症例はやせ型で,血液検査結果からも過栄養を示唆する所見に乏しいようですが,NAFLDを否定することはできません。NAFLDの確定診断は病理組織像(肝生検)によりますが,一般的には非侵襲的検査である超音波やCT所見から診断されています。

NAFLDの10~20%が非アルコール性脂肪肝炎(non-alcoholic steatohepatitis:NASH)であるとされ,肝硬変や肝癌に進行する可能性があります。患者の予後のためにもNASHの否定は重要です。

(3)睡眠と肝機能

ご指摘のように,不規則な生活スタイルから睡眠障害となり,肝機能障害をきたす症例もあります。また反対に,肝機能障害(慢性肝疾患)が不眠症の原因となる場合もあります。
本症例は無症状とのことですが,慢性肝疾患で皮膚瘙痒感が生じることがあります。原発性胆汁性胆管炎(primary biliary cholangitis:PBC,旧呼称は原発性胆汁性肝硬変:primary biliary cirrhosis)では,黄疸出現前から皮膚瘙痒感が認められ,米国で行われた調査では,約半数の患者が睡眠障害を訴えるという結果でした2)

また,肝硬変がなくてもシャント形成から肝性脳症に至る例があり,睡眠障害の原因となりえます。肝性脳症はアンモニアだけではなく,γ-アミノ酪酸,ベンゾジアゼピンなどが原因となることが報告されています3)

(4)付加すべき検査

まずは他の医療機関からの処方の有無,市販薬(漢方薬や鎮痛薬)の使用,健康食品(サプリメントなど)の摂取状況などについて,詳細な問診が必要と思われます。血液検査では自己抗体(抗核抗体,抗平滑筋抗体,抗ミトコンドリア抗体),免疫グロブリンなども知っておきたい情報です。まだ画像診断は行っていないとのことですので,腹部超音波,CT,MRIも行います。

最終的な診断確定には,肝生検による肝組織像の確認が必須です。本症例は5年前から肝機能障害が認められ,しかも増悪していますので,肝臓専門医への紹介も検討されてはいかがでしょうか。

【文献】

1) 日本アルコール医学生物学研究会(JASBRA):アルコール性肝障害診断基準 2011年版. 2011.
[http://www.kanen.ncgm.go.jp/cont/010/sankou.html]

2) Rishe E, et al:Acta Derm Venereol. 2008;88(1): 34-7.

3) Ferenci P, et al:Hepatology. 2002;35(3):716-21.

【回答者】

井上貴子 名古屋市立大学病院中央臨床検査部副部長・講師

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