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ナマステ!はじめてのネパール(その4)─進化はすごい[なかのとおるのええ加減でいきまっせ!(255)]

No.4963 (2019年06月08日発行) P.61

仲野 徹 (大阪大学病理学教授)

登録日: 2019-06-05

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高所のトレッキングツアーでは、健康チェックのため、朝食前と到着後に携帯用のパルスオキシメーターで動脈血酸素飽和度(SpO2)を測定するのがおきまりだ。

標高3500メートルになると大気の酸素濃度は平地の65%程度なので、SpO2は80%台に落ちてくる。息苦しくはないようだが、中には、呼吸法がよろしくないためか、安静時で70%台の人もいたりする。

戯れに現地のガイドさんのSpO2を測ってみたら、90%以上もあった。高地では、我々が深呼吸した時にやっと到達できるくらいのレベルなので、びっくりだ。

HIF-1(低酸素誘導因子1)というタンパクは、その名のごとく低酸素に反応して活性化される。そして、赤血球を作るためのホルモンであるエリスロポエチンの遺伝子発現を促進する。高地に住むと、このような分子機序で赤血球の産生が促進され、多血症になる。

しかし、意外にもチベット高地民には、そのHIF-1が機能しにくくなるような遺伝子多型の存在することが知られている。そのような多型を持つ人は、高地に住んでも赤血球が十分に作られなくなるのに。

多血症になると、酸素運搬能は向上するが、血栓が生じやすくなる。おそらくは、そういったリスクを避けるために、このような遺伝子多型が広まったと考えられている。進化というのは微妙なバランスの上に成り立っている実に不思議なものだ。

赤血球が増えなければ息が苦しくなってしまうのではないかという気がする。しかし、どうやらそれは、呼吸法─呼吸の深さと回数─や心機能で補われているらしい。高地で生きるには、生理学的な適応も進化と同じく重要なのである。

ポーターさんたちの能力はすごい。小柄だけれど、40~50キロほどもある荷物を、おでこにかけた紐で支えて背中に担ぎ、我々よりもはるかに速く歩く。中にはサンダル履きのポーターさんもいるのが驚きである。お金が貯まったらスニーカーとか登山靴を買うというから、泣ける。

経済格差を利用してトレッキングをしているようで、後ろめたいような気もするが、いかんともしがたい。いやぁ、ホントにありがたいことで、感謝しかありません。

ということで、ランタン谷トレッキング全4回はこれにておしまいであります。

なかののつぶやき
「高地の家畜、ヤクです。高いところで生きるため、心臓も肺も、同じサイズの牛よりもはるかに大きいそうです」

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