最近、霞が関の若手官僚の能力や、やる気がかなり落ちてきているのでは、という話を聞いた。優秀な人間が官僚にならなくなったとの政府関係者の嘆きも聞こえてくる。進学校の上位成績者が皆医学部をめざすようになったという現状が影響しているのでは、と与党の有力国会議員の方から聞いたこともある。進学校で有名なある私立高校では、同級生の半分近くが医学部に入学しているという。将来同期会を開いたときに、半分近くが医者で占められている、というのは異常ではないだろうか。
私自身は、まあまあの進学校を中の上の成績で卒業した後、当時はそれほど評価が高くなかった私立大学の医学部に入学し、医者になって42年が経過した。この間、いろいろと道草をしながら生きてきたので、比較的豊富な人生経験をバックに、心療内科の先生よりもいろいろと話を聞いてくれる面白い医者ということで、これまた面倒見の良い妻と一緒に診療している。そのため、診療所はさながら人生相談所のごとく賑わっている。
この間、様々な医者をみてきたが、いわゆる受験戦争を悠々と勝ち抜くような能力を持っていたと思われる医者には立派な研究者はたくさんいるが、臨床家として評価できる医者は少ないように感じる。それはなぜか。往々にして彼らは、数理的な面ではきわめて優秀であるにもかかわらず、人間に対する興味やコミュニケーション能力に欠けているという、共通した面があることがわかった。それに反し、ぎりぎりの成績で私立医大に入りいろいろな遊びを経験し、辛うじて医師国家試験に合格して医者になったような人物が、患者さんからは感謝され評価される医者として活躍されていることは少なくない。
AIがどんどん入ってくる将来、未来の医者に求められる資質は人間愛とコミュニケーション能力であろうと思っている。有名進学校の進路指導の先生方、優秀な官僚がいないとこの国は滅びます。医者に求められるのは、人間愛とコミュニケーション能力とほどほどの頭の良さです。「君は頭がいいから医者になりなさい。」はもうやめましょう。