2019年5月、CAR-T細胞療法キムリア®は、患者当たり3350万円で承認された。それ以前にも高額医薬品はオーファンドラッグや免疫チェックポイント阻害薬等数多くある。がんを含め開発段階にある希少フラクションや希少疾患の新薬は、キムリア®ほどではないにしても決して安くない。総じて手術支援ロボットのような新規医療機器や新薬の価格は上昇している。日本の皆保険は、国民すべてが平等な医療を受けられる素晴らしい制度である。しかし、最近の医療費の高騰でその持続可能性が課題となっている。世界的には、基本的な医療は公的保険で、一部の高額な医療は民間保険で、という流れもある。
2013年の冬、ある晴れた朝。オークランドで社員バスに乗るグーグル社員が、小石を投石する人達に取り囲まれ立ち往生していた。人々は、「グーグル社員は多額の報酬を貰いながら、何時でも利用できる社員食堂で、ただで満腹になるまで食事できる。それなのに、我々大勢はなけなしの金をはたいて、彼らが生み出した物価高の世の中で、かろうじて食いつないでいる」と叫んでいた。進歩や発展には競争や格差がつきものだ。ピケティが指摘したように、1975年以降は経済格差が拡大している。日本の相対的貧困率は16%に上昇し、先進国の中でも高い。食だけではない、格差は健康やQOL、寿命に影響し、がんでは予後に差が出ている。
昨年、がん遺伝子パネル検査が56万円で保険適用になった。高い検査ではある。しかし上手く運用すれば、個々のがんの特徴が明らかになり、それに応じた最適な薬を適正な価格で提供することで、多くのがん患者により効果があり、副作用の少ない医療が提供できるはずである。また、情報プラットフォームを整備しIT化し、そこから生じるbig dataを収集解析すれば、効率的な新薬開発が進むはずである。一方で、この世界には巨大な投資が求められる。さらに、ネットワーク効果で勝者総取りになりGAFA問題が生じる可能性がある。新しく開発される医療の恩恵を誰もが平等に受けられ、命に格差を生じない未来を造りたいものだ。