No.4734 (2015年01月17日発行) P.75
仲野 徹 (大阪大学病理学教授)
登録日: 2016-09-08
最終更新日: 2017-03-15
HMというイニシャルで知られていた男の話をご存じだろうか。彼がいなければ、その方向性が違っていただろうと言われるほど記憶のメカニズム研究に貢献した男だ。
HMは、てんかん治療のため、1953年、27歳の時に、内側側頭葉を切除する手術を受けた。いまでは倫理委員会を通りそうにない実験的な治療だ。
そのために、新しい記憶が定着しなくなる「前向性健忘症」を患った。幸か不幸かHMの知能が正常に保たれたことが、研究者としてではなく、患者としての半世紀以上にわたる貢献につながった。
記憶には短期記憶と長期記憶がある。当時は両者の関係がわかっていなかった。HMは短期記憶は可能であるが、長期記憶として情報が定着しないという事実から、この論争は一発で決着がついた。
ほかにも、いわゆる記憶=陳述記憶とは別に、図形を描いたり箸を使ったりというような、言語を介さない非陳述記憶があることもHMの研究から明らかにされた。
残り556文字あります
会員登録頂くことで利用範囲が広がります。 » 会員登録する