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見逃してはならない顔の機能異常[先生、ご存知ですか(29)]

No.5009 (2020年04月25日発行) P.66

一杉正仁 (滋賀医科大学社会医学講座教授)

登録日: 2020-04-22

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あるスポーツ選手

先日、有名なスポーツ選手が海外で交通事故に遭遇し、顔面に挫傷を負いました。幸い、軽症と思われ競技に復帰しましたが、その後複視が出現しました。精査の結果、眼窩底骨折と診断され治療が行われました。現在は競技生活に復帰しています。後から考えますと、後部座席に乗車していた際に前面衝突事故に遭遇し、顔面を車室内部で打撲した際に発生したと考えられます。

この事例を耳にした際に、類似例を想い出しました。それは交通事故後に救急病院に入院していた患者さんです。乗用車を運転中に交通事故に遭遇し、下肢の骨折、肋骨骨折および顔面挫傷の診断で治療を受けていました。退院後しばらくして、食べるときの咬み合わせがおかしいとの訴えがあり、精査をしたところ、顎関節の異常と診断されました。交通事故で下顎部を強打した際の影響と診断され、交通事故後の後遺障害が残りました。

急性期には食事をとれない状況や他の重症損傷の治療が優先されるため、咬合の異常などを精査する余裕はありません。特に咬合は歯科・口腔外科の領域なので、早期に発見することが困難でした。

顎顔面外傷の実態

交通事故総合分析センターではわが国における全交通事故データを包括的に管理していますが、交通事故に関する顎顔面外傷について分析しました。10年間における3600例以上の前面衝突事故の中から、顎顔面外傷を負った自動車乗員226人を対象に、事故状況と損傷などについて検討しました。

市中で発生している事故なので、衝突速度の平均は35km/h、乗員の平均年齢は33歳でした。約半数は挫創や挫傷といった軽微な損傷でしたが、14%の人が骨折していました。骨折の内訳では鼻骨が最も多く、上顎骨、下顎骨、頰骨、眼窩の順でした。シートベルト着用やエアバッグ展開の有無によって骨折の頻度は変わり、シートベルト非着用でエアバッグ非展開のときが18.4%と最も頻度が高く、シートベルトのみの場合は10.0%、シートベルトを着用せずエアバッグが展開した場合は5.3%、シートベルトを着用しエアバッグが展開した場合でも4.3%でした。したがって、顔面を打撲した患者さんでは、骨折を疑った精査が必要のようです。

後遺障害

顔面に挫創や挫傷などの比較的軽微な損傷を負って、先生方のもとを受診される患者さんがおられるかと思います。特に、子供や高齢者が自転車乗車中に転倒して外傷を負う機会が増えているそうです。その他に、歯牙の破折や脱臼で歯科診療所を受診する方もいるでしょう。外表の審美的な後遺症だけでなく、顔面に関する機能異常を残す可能性がありますので、機能異常の有無を診察する必要があります

しばしば、交通事故に関する保険の書類を確認する機会があります。ちなみに、先ほどご紹介した自転車乗車中の転倒なども交通事故に含まれます。顔面外傷後に骨折・脱臼や歯牙の損傷によって咬合障害が残った、視機能の異常が残ったなどの後遺障害を訴える例も散見され、中には事故から長期間経てから診断される例がありました。さまざまな紛争に巻き込まれないためにも、顔の機能異常について念頭に置くことも重要です。

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