筆者は、1980年代の米国国立衛生研究所(NIH)への留学を機に、社会における感染症の持つ意味合いを考えるようになった。きっかけは、新興・再興感染症という考え方の出現と、米国の医学・生物学のリーダーが、その社会的重要性に言及したのを目の当たりにしたことであった。たとえば、当時のロックフェラー大学総長レーダーバーグ博士は、開発途上国の農業開発に関わる感染症への対処を人類の優先課題にしないと、数十年後に重大な事態に立ち至る可能性が高い、と警告した。これに伴い、WHOは熱帯病の特別プログラムを立ち上げた。また、その後の科学、ひいては社会の安全・安心に重大な影響を与える遺伝子組み換え技術もこの時期に開発された。
その後、人類はHIV/AIDS、多剤耐性結核の出現など、困難な事態に立ち向かってきた。しかし、ここ十数年、それまでとはまったく異なった背景要因を持ちうる一群の感染症に直面する可能性が増えている。それは、2001年同時多発テロ事件によって我々の眼前にクローズアップされてきた生物兵器による無差別攻撃、いわゆるバイオテロリズムである。天然痘ウイルスをはじめ、バイオテロリズムへの関与が想定される代表的な病原体は、わが国においても法律にリストされている。
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