この胸部CT(写真)は10年以上前のものであるが、とても印象的な症例であったため、直接画面を撮影して残しておいたものである。
私がセントルイス大学で呼吸器内科・集中治療フェローとしてのトレーニングを始めたばかりのことである。有名な教科書の著者である指導医と集中治療室で夕方の回診を行っていた。救急室から入電があり、尿路感染による敗血症性ショックと意識障害の診断で、フィリピンからの移民である高齢女性患者を集中治療室に入室させたいとの依頼であった。肺癌で左肺上葉切除と脳梗塞の既往がある、ほぼ寝たきりの女性であった。胸部CTでは左肺底部を中心にいわゆる“tree-in-bud”にも見える陰影が認められた。指導医の判断で抗酸菌喀痰培養が3回陰性になるまでは集中治療室内の隔離室で患者の管理を行うことになった。
患者が入室した後に指導医は帰宅し、当直であった私は部下である内科レジデントとともに集中治療室に取り残され、大変心細い気持ちでカルテを見返していた。その女性は数日前に腹痛で救急外来を受診しており、その時に施行された腹部のCTを電子カルテから見返すことができた。その腹部CTには両側の肺底部が含まれており、結核の可能性があると判断した陰影は数日前にはまったく認められていないことに気がついた。経過から、結核である可能性はほぼ考えられず、おそらく意識障害によって誤嚥した陰影を見ているだけであると心の中で確信した。しかし、根っからの日本人である私は、著名な指導医の判断を覆すことへの抵抗感や、一度隔離されたからには培養の陰性が3回確認されるまでは隔離を解除できないという非論理的な先入観から、隔離を継続することにした。
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