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懐かしさの中で[なかのとおるのええ加減でいきまっせ!(329)]

No.5039 (2020年11月21日発行) P.66

仲野 徹 (大阪大学病理学教授)

登録日: 2020-11-18

最終更新日: 2020-11-17

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中学校時代に英語を教えていただいた先生からお手紙を頂戴した。より正確には、1歳年上の姉が持ってきてくれた。私とはまったく音信不通だったのだが、姉とは年賀状などのやりとりがあったようだ。

ありがたいことに、医事新報の連載だけでなく、あちこちから単発でのエッセイ執筆依頼がある。『暮らしの手帖』からもお話をちょうだいし、「妻をめとらば」というタイトルで、ちょっとおもろいことを書いた。

それがお目にとまり、ひょっとしてあなたの弟さんが書いたエッセイかという手紙が姉に送られてきたという次第である。

いろいろな書き物をしていて手応えがあるかというと、あまりない。せいぜい、たまに「あれ面白かったです」と言われる程度だ。なので、懐かしい人からこういうお便りをいただけたりすると本当にうれしい。

その女の先生、当時すでにそこそこの年齢で独身だったはず。なのに、いただいたお手紙では名字が変わっている。お手紙でそのことについて尋ねたい衝動に駆られたが、さすがに失礼なのでやめておいた。

けど、その返信には、結婚された経緯がけっこう詳しく書かれていた。なんだか気持ちが通じたみたいやないですか。

現在の年齢も書いてあったのだが、計算してみたら、当時(ちょうど半世紀前)は31歳。う~ん、そんなにお若かったのか。結婚適齢期は24歳までで25歳以降は売れ残りと、クリスマスケーキみたいに言われていた時代だったとはいえ、かなり驚いた。

話かわって、先日、招かれて山梨大学医学部で講演させてもらった時のこと。終了後、お二人の方が挨拶に来てくださった。

ひとりは、早くに亡くなった昔の同僚の奥様だった人。お目にかかったことはなかったが、少し話しただけで、その同僚のことで懐かしさがいっぱいになった。もうひとりは教え子である女性医師。夫婦で結婚式に呼んでもらって以来、数年ぶりだ。

どちらも山梨在住であることは知っていたとはいえ、聴きに来てもらえるとは夢にも思っていなかった。いろんなところで講演してきたけれど、こんなにうれしい邂逅は記憶にない。それも二人同時である。

これからの人生、いろいろな人との想い出の懐かしさの中で生きていくことになるのかもしれんなぁ。中原中也ではないけれど、「思えば遠くへ来たもんだ」ですわ。

なかののつぶやき
「ごくたまに、ではありますが、駅、空港、電車の中などで、『先生に病理学を教えてもらいました』、と話しかけられることがあります。こちらとしては、よほど面白かった子、部長をしてるラグビー部出身の子、それから、成績不良で留年させた子以外はあまり覚えていないのだけれど、『お世話になりました』と声をかけてもらえたら素直に嬉しい。教えることの喜びって、そういうところにもあるんでしょうね」

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