前回は前立腺ラテント癌についてお話し、50歳以上の5.5人に1人に前立腺癌がある、というエビデンスをご紹介しました。
前立腺ラテント癌について病理解剖結果をもとにした国際比較があります。病理解剖ですからほぼ50歳以上を対象にしていますが、ラテント癌の頻度は米国黒人で36.9%と最も高く、米国白人、ハワイ系日本人、日本人の順に低下したそうです(日本人では20.5%でした)。これらの背景には人種や環境の影響があると考えられました。
一方、日本では前立腺癌の罹患率は増加傾向にあり、2017年には男性で人口10万対147.9です。増加の背景として高齢化が挙げられますが、食生活の欧米化を指摘する声も多いです。本当に前立腺癌の増加は、食生活の欧米化によるのでしょうか?
わが国では2002年から2011年の10年間で、前立腺癌の罹患率が人口10万対47.1から126.6と著しく増加しました。そこで、法医解剖例を用いて、この10年間で前立腺ラテント癌が増加しているか調べました。前回(No.5049)ご紹介したように、法医解剖例は、突然の死に遭遇した人を対象としているので、直前まで日常生活を送っていた、いわゆるnormal populationが対象です。2012年~2014年に行われた剖検例と2002年~2005年に行われた剖検例で、ラテント癌の頻度を比較しました。
すると、10年前のラテント癌の頻度は12.2%で、10年後は13.6%であり、統計学的有意差はありませんでした。そして、臨床的に治療が必要とされるグリソンスコア7以上のラテント癌の頻度も7.1%および6.2%と有意差はありませんでした。ちなみに、それぞれの群の平均年齢は54歳および56歳と、ほぼ同じでした。このように、10年間で前立腺ラテント癌の頻度は変わっていませんでした。すなわち、前立腺癌を持つ人の割合は変わらないということです。
罹患率が急増したこの10年間で、日本人の食生活がどのように変化したか調べてみました。2002年と2011年で1日平均の摂取量を比較すると、炭水化物は297.3gから281.6g、たんぱくは78.6gから73.2g、脂質は58.7gから58.3 g、塩分は12.2gから10.9gと変化していました。ほぼ変わらないか、むしろ炭水化物と塩分摂取量が減少して健康的になっていました。したがって、食生活の変化(欧米化)が罹患率増加に関係していないことも分かりました。
10年間で罹患率が2.7倍に増加していましたが、ラテント癌の頻度は変わらない。そして、食生活もほぼ変わらないか、むしろ健康的になっている。それでは前立腺癌の罹患率が増加した原因は?
腫瘍マーカーの1つである、血清前立腺特異抗原(PSA)検査の普及が大きく関与していると考えました。すなわち、多くの人がPSA検査を受けることで、精密検査を受ける人も増え、前立腺癌と診断される人が増えたと思います。現在、50歳以上の男性の約4割がPSAのスクリーニング検査を受けているそうです。この検査がさらに普及すれば、罹患率も増加すると思います。法医解剖例のラテント癌に注目することで、多くのことが分かりました。