厚生労働省は8月1日、『平成26年版厚生労働白書』を発表しました。第1部のテーマは「健康長寿社会の実現に向けて〜健康・予防元年〜」です。本白書は「原案」の段階から、「医療費抑制の観点から、介護などを受けずに自立して生活できる期間である『健康寿命』を延ばすことの重要性を強調」したと報じられました(「読売新聞」7月13日朝刊)。「健康寿命の延伸」は、昨年と今年の閣議決定「日本再興戦略」でも強調されており目新しくありませんが、それによる医療・介護費の抑制を正面から提起したのは、最近の政府文書では初めてです。そこで、さっそく読んでみましたが、医療・介護費抑制の根拠は全く示されておらず、期待外れでした。
本稿では白書第1部の概要と私の評価を簡単に述べた上で、白書では健康寿命の延伸による医療・介護費抑制の根拠は示されていないし、それは国内外の実証研究で否定されていることを指摘します。
第1部は3章構成、全248頁です。政府・厚生労働省の健康政策の歴史と現状を丁寧に紹介しており、それらについて学ぶ上では便利です。ただし、本連載⑰(2012年10月6日号)で高く評価した『平成24年版厚生労働白書─社会保障を考える』のような「深み」はありません。
第1章「我が国における健康をめぐる施策の変遷」は明治時代以降150年間の健康政策を鳥瞰しています。私自身は、①昭和30年代(今から60年前)から成人病対策が「我が国における保健医療の大きなテーマとなった」(12頁)、②国際的には1974年(今から40年前)にカナダのラロンド保健大臣が発表した報告(ラロンド報告)が、「単一特定病因論[いわゆる「医学モデル」]」に代えて「長期にわたる多数の要因に基づく原因論」を提唱し、「この報告を出発点に、新しい健康増進政策が欧米に広がっていった」(20頁)─との記載が特に参考になりました。
第2章「健康をめぐる状況と意識」は、主に厚労省委託研究「健康意識に関する調査」に基づいて、国民の健康状態や健康意識を分析しています。この章で注目すべきなのは第3節「精神的・社会的な健康」で、「若年男性にとって、仕事や職場の人間関係が大きなストレス源となっていること」(98頁)を明らかにしています。
第3章「健康寿命の延伸に向けた最近の取組み」は、第1節で国の取り組みを説明した上で、第2〜4節で、先進的な自治体、企業、団体、合計14組織の取り組みを紹介しています。しかし、活動・プロセスの紹介にとどまり、「アウトカム」(健康増進や医療費削減)は2事例で断片的に示しているだけです。第5節「取組み事例の分析」では、健康づくりを推進する取り組みを展開するための「鍵」として、「ICTの活用」「課題の見える化」「対象の明確化」等の「5つの要素」をあげていますが、恣意的・表層的です。印南一路氏(医療経済研究機構研究部長)が批判されている、対照群のない「成功例の共通要因サーチの致命的欠陥」が現れていると言えます(『Monthly IHEP』2014年7月号:24-28頁)。
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