私は70歳代男性、脳神経内科医で医療系大学の常勤教員である。最近、急性間質性肺炎(薬物性)による低酸素症で緊急入院した。オキシメーターで測定した酸素飽和度は著明に低下していたが、呼吸器症状の自覚はなかった。近年、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)感染例の急変や重症化の要因として、「沈黙の低酸素症(silent hypoxia)」が注目を集めている。今では通称の「幸せな低酸素症(happy hypoxia)」のほうが有名であるが、「重度の低酸素症があっても息切れや呼吸苦がなく『楽』なこと」に由来し、急変して「不幸な転帰」をとるリスクでもある。私が体験した呼吸器症状には「幸せな低酸素症」と類似点があったので、低酸素性と思われた脳症状とともに紹介する。
2021年1月某日(投与第1日)に持病の治療のためにA薬の点滴投与を受けた。その後も通常勤務を続け、17日目に2回目の点滴目的で病院外来を受診した。2階の外来で名前を呼ばれて待合室から診察室に入り、椅子に座って指にオキシメーターが装着されたが、酸素飽和度が測定できず、別の指でやっても同じであった。同じオキシメーターで医師は98%であった。しばらく経ったら、90%まで上がってきた。原因を調べるために撮った肺CTで両側肺にすりガラス状陰影が認められ、急性間質性肺炎と診断され緊急入院した。COV ID-19のPCR検査は陰性で、原因はA薬による薬物性アレルギー性間質性肺炎と診断された。
直ちにプレドニゾロン30mg経口投与が開始された。体温は自宅で36.5℃であったが、入院時36.9℃、夕方には37.5℃になった。ステロイドが奏効し、入院翌日には体温36.0℃に下がり、歩いても息切れはしなかった。しかし、歩いた直後のオキシメーターでは、酸素飽和度は80%台に下がっており、休息すると95%以上に上がった。つまり、酸素飽和度は安静時には正常で、動くと急速に低酸素症になるが自覚症状はなく、休息すると速やかに正常値に復することがわかった。
病室の堅くて重い引き出しを力一杯引っ張ったときに起こった。一瞬、目の前がスッーと灰色になり、意識が遠のく感覚がして尻もちをついた。その後はしばらく粗く速い呼吸が続いて元に戻った。その瞬間、かつて同じ体験をしたことを思い出した。28歳の時に4名のグループで富士登山をしたとき、最年長の40歳男性が疲労で歩けなくなり、8合目の山小屋到着を目前に日が沈みはじめた。座り込んだ彼を立たせようと、2人がかりで腕を摑んで力いっぱい引っ張った途端に、眼前暗黒となり倒れてしまった。直ぐに意識は戻ったが、酸素分圧が低い高山で急に活動して酸素を消費した結果、一過性に低酸素症を起こしたための失神で、今回の状況はよく似ていた。
入院翌日の朝食中に、NHKの朝ドラを見ながら粥を食べていた8時過ぎに起こった。粥が胃に達し腹部に腸の蠕動を感じはじめたとき、突然、視野の下半部が暗くなり、TVは見えているのに下方の食膳は欠けて見えなくなった。一瞬、脳梗塞が起こったかと思ったが、血管障害による虚血であれば同側半盲になるはずである。単眼視で見ても下半部が欠けていたので、下方の四分盲(1/4半盲)が両側に同時に起こった、つまり視放線の上半部障害が両側・同時に起こった可能性が高いと考えた。さらにスプーンを持つ右手の動きが悪いように感じたので、両手を屈伸してみたところ、左手も指の伸展力が落ちていた。症状は左右対称性であるので、おそらく全般的脳障害によるもので血管性虚血性ではないと確信した。食事を中止し、体動によりさらに酸素飽和度が低下して失神することのないように、ゆっくりと上半身を倒して横になっていたら、暗い視野の中に水滴模様の黄色い点がたくさん出てきて次第に明るくなり、数秒で視野全体が見えるようになった。手指の動きも回復していた。
脳の血管障害で起こる視野障害は常に半側であり、上や下が半月のように欠けることはない。私が体験した奇妙な半盲は、視野欠損も運動障害も腸の蠕動が始まった途端に左右対称性に起こったので、局所の血流障害性虚血ではなくて、「低酸素症によるびまん性脳障害」の可能性が高い。背景に低酸素症が存在していたので、摂食により消化管に血流が取られて脳血流が減ったために、脳が酸欠状態に陥ったことによる症状と推定した。
CT所見が改善したのでステロイドは漸減され、CRPは入院時の8.5mg/dLから正常化したので、入院16日で退院し直ぐに通常勤務に復帰した。車で通勤し、3階の研究室まで約50段の階段を数kgのリュックを背負って歩いて昇る生活に戻った。この時の呼吸機能を見るために、オキシメーターで〔酸素飽和度(%)/脈拍数(回/分)〕を測定してみた。駐車場で下車時〔98/98〕、1階階段下〔96/92〕、3階到着時〔83/110〕に測定し、25回深呼吸をして〔95/103〕、数十m歩いて研究室の椅子に座ってからは〔98/80〕に回復していた。同行してもらって測定した同年齢の同僚は、1階から3階まで歩いて昇った後も酸素飽和度は97~98%で不変であった。運動負荷で自覚症状はないままに酸素飽和度は急速に低下するが、並行して脈拍が増加し、呼吸も深くなることによって代償され、動作を止めれば低酸素症は速やかに回復するので、呼吸苦を自覚しないことが確認できた。
肺炎ではなくて低酸素症という観点から改めて振り返ってみると、いくつかの徴候が出ていたことに気づいた。A薬点滴から第12日目に、昼食のためレストランまで同僚と片道2km歩いた時に、速足で歩くと以前よりも疲れる感じがした。第13日目の検査でCRPが4.5mg/dLだったので、第14日目に予定していた2回目の点滴は翌週に延期された。この時にオキシメーターで測定した酸素飽和度は、診察室の椅子に座った直後は93~94%、しばらく待って97~98%に上昇した。実は、動作時低酸素症の反映だった可能性が高い。第15日目から3階まで階段を昇ると呼吸が荒くなり、大きく息を吸うと途中で息が止まって肺活量が落ちたように感じ、1回だけ咳が出た。この日から就眠前の体温が37℃台前半に上昇した。そして、18日目の外来受診時に緊急入院となった。
運動時の息切れは動作を止めると直ぐに回復し、咳はないので、体力低下か加齢現象だと思っていた。しかし、第12日目から自覚した速足歩きや階段を上った時の息苦しさは低酸素症の症状で、間質性肺炎は既に発症していたことになる。
2019年末に中国・武漢で大流行が始まり、2020年には世界中に広がってパンデミックを起こしているCOVID-19感染者の主要症状は間質性肺炎であり、高齢者や有リスク者では重症化しやすく死亡率も高い。その一因として問題となっているのは、強い低酸素症があるにもかかわらず呼吸困難が起こりにくいために、本人も周囲も重症化に気づかず、重症化した時の発見が遅れることである。つまり、「沈黙の低酸素症」であるが「酸素飽和度が70%前後まで低下していても呼吸苦がない」ので、“Science”誌(2020)が「幸せな低酸素症」と呼び、これを“Wall Street Journal”が取り上げて有名になった。不幸な転帰をとることも多く、決して「幸せな徴候」ではない。
私は、酸素飽和度が80%以下の低酸素症に陥っていたにもかかわらず、動作中に息切れが出るが、止めればすぐに回復するので呼吸困難とは思わなかった。咳が出たのは深呼吸をした時だけで、通常は咳がなく発熱もなかったので、肺炎は念頭に浮かばなかった。
諸説が提唱されている。一般的知見として、息切れは動脈血中の二酸化炭素分圧上昇を脳が感知することによって発生するので、二酸化炭素分圧が上がらずに酸素分圧だけが低下する間質性肺炎では呼吸苦を生じにくい。また、高齢者や糖尿病患者では、低酸素症に対する感受性が低下している。感受性は個人差も大きい。さらに新型コロナウイルス感染症では、ウイルスによる脳機能の障害、ウイルス受容体であるACE2の頸動脈小体(酸素分圧の変化を感知する器官)での発現、肺や脳における炎症や血栓形成との関連が疑われている。
しかし、私の場合は薬物が原因の急性発症で、入院までの息切れ出現日と毎日の体温が記録されており、瞬間的に起きる低酸素性脳症状も体験した。教科書的な間質性肺炎の症候とは異なっていた。これまで、間質性肺炎の臨床は特発性例を中心に記述されてきたが、ウイルス感染や薬物による急性発症例では症候が異なる可能性がある。低酸素症が高度であっても息切れなどの自覚症状が乏しい一群が存在するのかも知れない。
COVID-19感染者では、無症状や軽症であっても自宅待機中に急変して重症化したり死亡する例が少なくないことが報告されている。この中には私のように、低酸素症があっても自覚症状を欠く事例が含まれていた可能性が高い。入院か自宅待機かを決めるときには、自覚症状だけでなく客観的評価を組み合わせることで、急な重症化を起こす高リスク者の鑑別が可能かもしれない。私の体験からは、簡便で敏感なオキシメーターが利用できる。重要なのは、安静時だけでなく動作負荷時の変化を見ることである。これにより潜在している「沈黙の呼吸機能低下」を検出できる可能性がある。
【参考】
▶ Toy S, et al:The Wall Street Journal. 2020 May 11.
▶ Jennifer C-F:Science. 2020;368(6490):455-6.
▶ Tobin MJ, et al:Am J Respir Crit Care Med. 2020;202(3):356-60.
▶ 宮本顯二:間質性肺炎の低酸素症と自覚症状について(筆者とのメールによる私信.2021年3月13日).