炭疽菌(Bacillus anthracis)による人畜共通感染症である。世界各地で発生し,特に中東,サハラ砂漠以南のアフリカ,中南米,東南アジアが流行地域である。炭疽菌は芽胞を形成し土壌中に長期間生存することが可能であり,この芽胞で汚染された草を食べることで家畜が感染する。ヒトでは感染経路により病型が分類され,感染した動物との直接または間接接触による皮膚炭疽,感染した食肉の経口摂取による腸炭疽,環境中の芽胞を吸入することによる肺炭疽にわけられる。日本における炭疽の発生は,ヒトでは1994年の皮膚炭疽の報告,動物では2000年の牛の炭疽の報告を最後に確認されていない。
日本は流行地域ではないため,国内での感染様式としては,バイオテロや炭疽汚染地域から輸入された骨肉肥料や皮革などを介した感染が想定される。
炭疽の中で大多数を占める病型である。2~5日の潜伏期間を経て,侵入部位に瘙痒を伴う丘疹が形成される。数日後に水疱が形成された後に自壊し,茶黒色の潰瘍が形成される。潰瘍の周囲に硬結を触れることが多い。疼痛を伴わないことが,他の皮膚感染症との鑑別に有用である。多くは自然寛解するが,リンパ節炎,敗血症性ショックに至ることもある。
炭疽菌の吸入後,1~6日の潜伏期間の後に風邪様症状が出現し,敗血症,多臓器不全,呼吸不全に至る。多くは24時間以内に死亡する。
口咽頭型と腸型にわけられ,口咽頭型では曝露から1~5日の潜伏期間の後に咽頭炎,リンパ節炎,頸部の腫脹が出現し,それに伴い呼吸不全を伴うことがある。腸型では発熱,腹痛,嘔吐を認める。いずれの病型でも髄膜炎を合併することがあり,髄膜炎の合併例では大半が24時間以内に死亡する。
炭疽菌の分離同定により確定診断となる。病型に応じ,適切な部位から検体(皮膚病変の滲出液,喀痰,便,血液,髄液)を採取し,グラム染色と培養を行う。ガンマファージテスト,PCR法による菌種同定法もある。肺炭疽の急性期には多くがCTで縦隔の拡大,両側胸水を認め,他疾患との鑑別に有用である。胸水貯留を伴う場合は,胸水検体の提出も検討する。急性期,回復期の血清抗体価も診断に有用である。
炭疽が疑われた際,特に,重症度が高い腸炭疽,肺炭疽が疑われる場合には速やかに抗菌薬の投与を行うことが望ましい。皮膚に限局した皮膚炭疽以外は致死率が高く,急激な経過をたどるため集中治療室での管理が推奨される。感染症法では4類感染症に指定されており,診断時には直ちに保健所に届け出を行う。
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