多数の死者が認められる大規模災害などで、死者の身元の確認が必要であることはご存じかと思います。東日本大震災でも多くの死者に対して歯科医が歯牙の特徴を確認し、生前の歯科診療録などと照合することで身元が確認されました。しかし、生前の歯科診療録が入手できない例などではDNA鑑定が行われました。
これは、推定死者のDNAが付着しているもの、たとえば、歯ブラシ、髭剃り、へその緒と死体から採取したDNAを照合して一致するかを確認することです。ご本人のDNAが付着しているものが得られない場合には、推定死者の血縁者の方からDNAを提供して頂き(口腔粘膜を拭うだけでDNAが採取できます)、DNA鑑定を行いました。しかし、血縁者がいない方や身元を確認する手掛かりがない方などもおられ、最終的に身元が確認できなかった遺体もありました。
高齢化に伴って、独居老人の数が増加しています。今や社会問題となっているのが、孤独死です。死後しばらくの間発見されず、変わり果てた姿で発見されることがあります。そのような状態では顔貌などで身元を確認することができません。また、焼死体や溺死体で発見された場合にも、死後変化によって身元が確認できないことがあります。
このような場合でも、まず、警察の捜査によって、疑わしい死者を探します。ある程度絞られた段階で、歯牙を確認するなどして、推定死者の生前の診療記録と矛盾がないか確認されます。もちろん、後述のように医療の諸記録と矛盾がないか確認されることもありますが、このような手続きは、全国で毎日のように行われています。
しばしば、死者で膝関節や股関節に手術痕がある方に遭遇しますが、人工関節置換術等の既往がある方です。推定される方の診療記録および診療の諸記録には手術記録とともに、使用した人工関節のロット番号が記載されています。死者を解剖した際に、それら人工関節の番号を確認し、記録に記載されている番号と一致すれば、身元が特定できます。人工関節だけではありません。ペースメーカーや骨折治療のための内固定材料などでも同様です。
以前、火災現場で亡くなった方がいましたが、歯牙の焼損も著しく、体液も採取できませんでした。警察の捜査で、推定死者が明らかになりましたが、どのように身元を確認すべきか悩んでいました。
推定死者は病院への通院歴がありましたので、診療記録を確認したところ、CTを撮影していたことが分かりました。亡くなった方は皮膚などの焼損は激しいものの、腹腔内臓器の形態は比較的保たれていましたので、死後にCT撮影を行いました。そして、生前に撮影していたCTと照合したところ、腎囊胞や石灰化などの細かい変化が一致し、同一人物であることが確認されました。このように、生前の診療記録が役に立つことがあります。
警察の捜査で推定死者が明らかにならないこともあります。手術痕があった際には、警察から近隣の医療機関や医師会に、「40~50歳位の方に〇〇術をした例を教えてください」と依頼があるかもしれません。その際には何卒ご協力をお願い致します。