「カチッ。カチッ。カチッ。」
持針器を開閉する音が近づいてくる。私は緊張に飲み込まれる。
13年前、卒後3年目の心臓血管外科後期研修医だった私は、院内のどこにいてもこの音の出現に最大限の注意を払っていた。副部長K先生の登場を意味するからだ。
K先生は当時13年目で鬼軍曹と呼ばれていた。手術が上手で、どんな困難な局面でも臨機応変に対応して状況を打開するその姿に私は憧れていたが、一方で、本誌面にはとても書けない古い軍隊のような指導方法で後期研修医達を凍り付かせていた。
「いつ緊急手術が来てもエエようにコレ手に持って馴染ませてんねん。ツッキー、わかるか?」そう言って恫喝するように持針器を見せてくれた。
そんな鬼軍曹のおかげで習得した技術は、後の5年にも及ぶ海外修行生活で大いに役に立った。英語の不自由な日本人外科医が海外で生き残るための唯一の拠り所となった。施してもらったその厳しい指導に心から感謝し、自分も後輩達にそんな指導をしてあげたい、という熱い想いを胸に3年前に帰国した。
残り451文字あります
会員登録頂くことで利用範囲が広がります。 » 会員登録する