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絶対はない(山口さやか)[プラタナス]

No.5151 (2023年01月14日発行) P.3

山口さやか (琉球大学病院皮膚科講師)

登録日: 2023-01-14

最終更新日: 2023-01-13

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20代女性が全身の紅斑で来院した。診断は「多形滲出性紅斑」で、薬疹や感染症などが契機になるが、原因が特定できないこともある。本人の話からジェルネイルによる接触皮膚炎が原因かと考えた。ジェルネイルの樹脂のアレルギーは近年問題になっている。確かめるには、皮膚パッチテストしかないが、再燃を危惧して同意を得られず、真相はわからないままである。

患者はしきりに「どうしてこんなに症状がひどいのか、シミが残らないか」と興奮気味に聞いてきた。「繰り返さない限り、シミにはなりません。一旦シミになったとしても、その後、時間をかけて消えていきますから、心配しなくて大丈夫です」と説明した。ステロイド外用や抗ヒスタミン薬内服により1カ月ほどで紅斑自体は消えたがシミが残った。「多形滲出性紅斑でシミになるのはちょっと珍しい」とは思ったが、「時間が経てば目立たなくなって、いずれ消えます」と繰り返し、通院は終了とした。

半年ほど経ったある日、この患者から外来に電話がかかってきた。「シミが消えない。皮膚科、形成外科、美容外科、幾つも行ったけど、どこも時間が経てば消えると同じことを言う」とかなりご立腹だった。半年経過しており、私の予想では、だいぶ目立たなくなっているはずで、「そんなわけない」と内心思いながら、「実際に診ないと何とも言えません」と返したところ、数日後に来院した。

来院した患者は「医者はみんな消えるって言うけど消えてない、どうすればいいのか」と喧嘩腰だった。実際に診察すると、その「シミ」は私の予想に反して、くっきりと、そして全身に残っていた。その色味はやや青みがかった灰色に近く、一見して普通の「シミ」ではないことがわかった。「あぁ、アッシーだったか」

Ashy dermatosisは、原因不明の色素沈着症である。様々な治療に抵抗し治療法は確立されていないが、5~6年で自然消退することもあるらしい。私を含め彼女を診察した医者が皆、口を揃えて「消える」と説明したが、実際はそうではなかった。彼女の不安は的中し、理解してもらえない数カ月間、きつい思いをさせてしまった。世の中「絶対はない」と反省させられた症例だった。

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