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集中治療後症候群(井上茂亮)[プラタナス]

No.5152 (2023年01月21日発行) P.3

井上茂亮 (神戸大学医学部災害救急医学特命教授)

登録日: 2023-01-21

最終更新日: 2023-01-18

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「なんだか田植えをしたあとから、しんどくて……」

高血圧症の既往がある59歳の女性が胸部違和感で来院された。診察後の心エコー検査中に突然急変し、心肺停止に陥った。駆けつけた私は、心肺蘇生を指揮し、気管挿管を行った。気管挿管後、自己心拍再開。その後のポータブル胸部X線(写真)では両側の肺水腫と軽度の心拡大、肺門血管陰影の増強を認めた。うっ血性心不全であった。幸いにも、徐々に彼女は動き出し、翌日には意識が戻り、抜管。救急外来・病棟のナースたちの献身的なケアもあり、20日目には独歩退院した。歩いて自宅に向かう彼女を見送りながら、「救急医になって本当に良かった」と心から感じた。私はその後、研究留学のために渡米した。時間とともにこの記憶が薄れゆく中、彼女が倒れた5月4日には、毎年彼女から御礼のメールを頂いていた。

10年後、彼女と再会した。心不全による心停止後、大きな病気やけがもなく、とても彼女は健やかにみえた。しかし、彼女からの思いがけない言葉に私は目を見開いた。「先生、実は退院してから3カ月、一歩も家の外に出られなかったんです」。「……しまった。PICSだ……」。私はそう思い、とても申し訳なくなった。

集中治療後症候群(post-intensive care syndrome:PICS)。PICSは2012年に米国で提唱され、重症患者がICU退室後・退院後に生じる身体・精神・認知の障害をきたす症候群で、患者の長期予後や家族のメンタルヘルスにも影響を及ぼす。わが国での敗血症後のPICS年間患者数は、推定42万人と言われている。

この彼女は無事独歩退院したものの、退院後は気分の落ち込みが続き、すべてが億劫になったという。また、身の回りの動作もしにくいなどの筋力低下をきたしていた。定年退職後の夫が家事を引き受け、静かに見守ってくれた。

転機は退院から半年後。彼女は、仕事仲間から化粧品会社のイベントに強引に誘われ、背中を押される気持ちで、思い切ってステージに登壇した。その瞬間に気持ちが前向きになった。彼女のPICSを救ったのは、家族と周りの人の支えであった。

救命はゴールではない。患者を社会復帰させること。それが、これからの救急・集中治療医学の解決すべき喫緊の課題であり、私達の使命である。

●関連書籍
『症例から学ぶPICSの予防と早期介入』

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