大切な人を喪った方々を前にして、医療者であるあなたはどのような声をかけているだろうか。「あのとき、もっとこうしておけば」という家族の声に、どう対応しているだろう。
実際、故人がどのような経過を辿り、どのような選択をしたとしても、遺された人が「あのときこうしておけばよかったのでは」と後悔するのは普通のことだ。遺された人の後悔の気持ちを抑え込ませてしまうと、グリーフ(悲嘆)の症状を悪化させることにもなりかねない。だから医療者としては「後悔はあって悪いものではなく、あることが当然のもの」として対応することが望まれるだろう。
一般的に遺された人は、死別直後は一時的に気持ちが強く落ち込んだとしても(急性ストレス反応)、その後は階段を一段一段昇るように徐々に悲しみから回復していくと考えられがちだ。しかし、実際にはそのような心理過程を経ることはむしろ少なく、どちらかと言えば、「悲しみに向き合う過程」と「新しい生活に取り組む過程」を行ったり来たりするということが知られている(dual process model)。
グリーフの症状というのは、気持ちが「浮かんだり、沈んだり」を繰り返し、少し回復してきたように見えても、それは波が少し落ち着いているように見えるだけで、何かの誘因ですぐにまた深い悲しみに沈んでしまうことがある。きっかけは故人の誕生日だったり、一緒によく聴いていた音楽を耳にしたときだったり、家族団らんのテレビコマーシャルを目にしたときだったりする。そういったときに、「いつまでも悲しんだり、後悔し続けていたりするのはおかしい」という、悲しみの気持ちを「悪いもの」として抑え込んでしまうことは、正常なグリーフの状態を阻害してしまう。悲しみや後悔は、あっていいもの、あって当たり前のもの。だからこそ、悲しみが出てきたら「出て来たな、こんにちは」と挨拶をして出迎えてもらって、その感情と少しつきあったら、また日常生活に戻っていく。その行ったり来たりを繰り返せることが、遺された人が日常を過ごしていく上で大切なこととなる。
重要なことは、その経過は一時的なグリーフケアで解決するような類のものではなく、その過程を一緒に見守ってくれる存在が日常的にいることである。遺された人が医療機関から離れてしまうと、医療者だけでは対応は難しく、よってグリーフケアは患者が重大な病気に罹患しているとわかった時点からどのように継続的なケアができるのか、遺された人を見守ってくれる存在として誰にバトンを渡していくのか、ということをケア計画に入れていく必要がある。暮らしの保健室1)やマギーズ東京2)のような場所が近くにあれば、それも良いかもしれないし、信頼できる臨床心理士によるカウンセリングが受けられるように情報を集めておくことなども意味があるかもしれない。
監修:福島沙紀(臨床心理士・公認心理師)
【文献】
1)暮らしの保健室:公式サイト. https://kuraho.jp/
2)認定NPO法人マギーズ東京:公式サイト. https://maggiestokyo.org/
西 智弘(川崎市立井田病院腫瘍内科/緩和ケア内科)[グリーフケア]