あれが時代の転換点だった。将来そう呼ばれるようになるのかもしれない。2022年11月30日に、OpenAI社がChatGPTをリリースして以降、生成系人工知能(生成AI)に関する話題で持ちきりである。その後も、IT大手のマイクロソフトやGoogleが矢継ぎ早に新製品をリリースするなど、技術開発のスピードは目をみはるばかりである。いつか来ると囁かれていた、シンギュラリティはついに到来した。そう思うことさえある。
それと呼応するように、生成AI技術の急速な進歩に伴う様々な懸念が各方面から表明されている。先に広島で行われたG7サミットでは、生成AI技術のガバナンスに関する問題が議題の1つとしてとりあげられ、国際的ルールを制定するという合意が、参加各国の間で得られたことが報じられた1)。
大学をはじめ教育機関では、生成AI技術を的確に利用することで、学習効果や生産性を大きく発展させる可能性があると言われるとともに、批判的思考力や創造性への悪影響、著作権や個人情報保護に関する懸念も指摘されている2)3)。今後、順次これらに関する指針が整備されるだろうが、当面ある程度の混乱は避けられないであろう。
医療現場においても、すでに診療面での生成AIの導入が始まっている。ChatGPTを用いて診療上の手紙を自動的に作成する試みや4)、患者からの質問に答えるチャットボットが導入され、一部は実際の医師よりも優れた対応が行えるという結果が示されている5)。どんなに複雑な問題でも、嫌な顔ひとつ見せず24時間365日、電力がある限り対応する生成AIには、医師が抱える日々の業務負担を大きく軽減することが期待される。
しかし、生成AI技術が普及し、医師が行う業務の多くが代替された時には、医師にしかできない役割への期待が逆により高まっていくことだろう。それらには、きわめて複雑な局面で、感情面に配慮しながら患者を支援しつつ倫理的な判断を行っていくこと、表面には出てこない真の価値を見出し、機を逃さず決断を行っていくことなど、熟達した医師がこれまで行ってきた人間的で高度な役割が含まれる。これらの価値は今後も失われることはなく、むしろその必要性は高まっていくだろう6)。生成AI技術の進歩にともない、医師にしか蓄積できない経験や、人間的な思いやり、そして責任ある判断とそのコミュニケーションが、医師の役割の中心に据えられ、より望ましい患者医師関係が実現する。そんな新たな時代の到来を期待したい。
【文献】
1)G7 Hiroshima Leader’s Communiqué (May 20, 2023)
https://www.g7hiroshima.go.jp/documents/pdf/Leaders_Communique_01_en.pdf
2)東京大学utelecon公式サイト:生成系AI(ChatGPT, BingAI, Bard, Midjourney, Stable Diffusion等)について.
https://utelecon.adm.u-tokyo.ac.jp/docs/20230403-generative-ai
3)文部科学省中央教育審議会第1回デジタル学習基盤特別委員会:資料「生成AIの学校現場での取扱いに関する今後の対応について」.
https://www.mext.go.jp/kaigisiryo/content/20230515-mxt_jogai02-000029578_006.pdf
4)Ali SR, et al:Lancet Digit Health. 2023;5(4):e179-81. doi:10.1016/S2589-7500(23)00048-1
5)Ayers JW, et al:JAMA Intern Med. 2023;183(6):589-96. doi:10.1001/jamainternmed.2023.1838
6)Tanaka M, et al:JMIR Form Res. 2023;18;7:e46020. doi:10.2196/46020
松村真司(松村医院院長)[医師の役割]