私が住んでいる兵庫県は日本の縮図と言われる。山あり海あり島あり。日本海側と瀬戸内海に面しており、神戸のような都会から、医師不足にあえぐへき地まで、実に多様な地域を内包している。
これまで本稿で、兵庫県で発生した医療の問題を取り上げてきた。赤穂市民病院で発覚した医療事故の問題は医師不足が厳しい西播磨地区での医師確保の難しさを、三田市民病院と済生会兵庫県病院の統合をめぐる混乱は、人口減少と医師の働き方改革をめざした急性期病院の統合が一筋縄ではいかないことを示した。本稿では触れなかったが、神戸徳洲会病院で発生した医療事故の問題は、赤穂市民病院の件とともに病院のガバナンスの課題をあらわにしたといえる。
そんななか、痛ましい事件が明らかになった。甲南医療センターの専攻医が自ら命を絶った事件だ。
読売新聞の報道を皮切りにマスメディア上でも大きく取り上げられている。猛烈な過重労働を自己研鑽とした病院の姿勢。ご遺族への不誠実な態度。様々な問題が次々と明らかになっており、X(旧Twitter)上では、関係者と思われる複数の匿名アカウントが、病院の問題を取り上げている。涙ながらに語られるお母さまの姿、明らかになった遺書の内容など、心が大いに痛む。
現在進行形で様々な事実が明らかになっている過程であり、この事件そのものにはこれ以上触れないが1)、この事件は一体どのような問題を明らかにしているのだろうか。
1つは都市部における民間病院の合併が、医師の集約化による働き方改革に向かわなかったのはなぜか。そこには「集患」に励まなければ「売上」を確保できず生き残れないという、都市部で顕著な病院間競争が背景にあるように思う。
確かに生体肝移植で名をあげた院長の姿勢が大きな影響を与えたという指摘に同意する。この院長に大学教授時代に教わったことがあるが、猛烈に働く姿は確かに時代にそぐわないと思う。
しかし、院長のみを叩くだけでは問題は解決しない。いったいなぜ人の命が奪われるような悲しい事件が起こったのか。徹底的に明らかにしなければならない。自己研鑽と業務の切りわけが現場に浸透していない現状。産業医が独立した存在ではなく機能していない事実。実に様々な課題がこの事件の背後にある。
X上では、兵庫県ばかりに事件が起こることを訝しがる声も聞かれるが、これは兵庫県の問題ではない。兵庫県は日本の縮図なのだから。
「人柱」が立たないと物事が動かないと言われる日本だが、これ以上の犠牲者を出さないためにも、兵庫県の様々な事件を徹底的に解明する必要がある。
【文献】
1)全国医師ユニオン公式サイト:甲南医療センターの過労死事件に関するユニオン声明.(2023年8月31日)
http://union.or.jp/news/8-31%e3%80%80%e7%94%b2%e5%8d%97%e5%8c%bb%e7%99%82%e3%82%bb%e3%83%b3%e3%82%bf%e3%83%bc%e3%81%ae%e9%81%8e%e5%8a%b4%e6%ad%bb%e4%ba%8b%e4%bb%b6%e3%81%ab%e9%96%a2%e3%81%99%e3%82%8b%e3%83%a6%e3%83%8b/
榎木英介(一般社団法人科学・政策と社会研究室代表理事)[専攻医の自殺][医師の働き方改革]