この8月21日に、東京地方裁判所のHPVワクチン薬害訴訟で、椿広計統計数理研究所所長の原告側主尋問が行われた。名古屋市の依頼で行われた大規模疫学研究「名古屋スタディ」1)ではHPVワクチンと接種後症状の関連は否定的であるが、公開された名古屋データを使用して関連を示唆する論文「八重・椿論文」2)が発表されている。椿所長は、論文の共著者であり、この証言は大きな意味を持つ。関係者は多大な関心を持って、翌日の報道を待った。
しかし、証言から数日が経った現在もニュースの配信はなく、検索してもヒットしない。わずかに、Facebook公開グループ「子宮頸がんワクチン問題を追う」3)や鈴木エイト氏のX(旧Twitter)4)などのSNSでの発信から内容を知ることができたが、傍聴や会見へのメジャーメディアからの参加はなかったとあり、仰天するとともに、メディアの姿勢に疑問、失望を感じた。
椿所長は名古屋スタディに関して「統計的有意差が認められなかったとはデータが不十分であることにすぎず、『差がない』ことが証明されたわけではない」と証言した5)。しかし、この統計学の原則を椿所長が主張するように教条的に適応すれば、研究を永遠に拡大し続けなければならず、安全性の証明は原理的に不可能ということになる。その結果、いかなるワクチンも使えなくなってしまう。そもそも、椿所長は、薬効検定の統計的審査に関するガイドラインの原案作成に関わっており、実学としての統計学についても熟知しているはずで、ここでこのような原則論を出すことは、自分の過去の業績を否定することにはならないか。また、原告側の証言として必要なものは、血液製剤のHIVウイルス混入やサリドマイド禍レベルの薬害事案としての「因果関係のエビデンス」であり、「名古屋スタディで差がないことが証明されたわけではない」程度では説得力が徹底的に不足している。
また、厚生労働科学研究費による「青少年における『疹痛又は運動障害を中心とする多様な症状』の受療状況に関する全国疲学調査(祖父江班研究)」の結論である、「HPVワクチン非接種者でも、接種後に『多様な症状』を呈する者が一定数存在した」について、「ほとんどの症状で接種者の有症割合のほうが高いことから危険性のシグナルと受け止めるべきで、検証的研究が必要である」と証言している5)。しかし、祖父江班研究は記述疫学研究であり、率の比較など分析疫学的な解釈をしてはならないことが、報告書にも「因果関係について言及する調査ではない」と明示されている。椿所長の証言は、明らかに疫学原則に反している。
八重・椿論文の方法論的問題点は今回のテーマではないので割愛した。しかし、八重・椿論文が示した有意に高いオッズ比は、ワクチンの危険性を示すものではなく、解析法の不適切性が作り出したアーチファクトと考えている。筆者は、裁判でもこれらの点を証言することになるかもしれない。
【文献】
1)Suzuki S, et al:Papillomavirus Res. 2018;5:96-103.
https://doi.org/10.1016/j.pvr.2018.02.002
2)Yaju Y, et al:Jpn J Nurs Sci. 2019;16(4):433-49.
https://doi.org/10.1111/jjns.12252
3)子宮頸がんワクチン問題を追う:Facebook公開グループ.(2023年8月22日).
https://www.facebook.com/groups/1409522509335331/posts/3579482025672691/
4)鈴木エイト:X(旧Twitter).(2023年8月20日).
https://twitter.com/cult_and_fraud/status/1692957587183173704
5)福岡第一法律事務所サイト:中山篤志 弁護士記事, HPVワクチン薬害訴訟報告─原告側専門家証人の尋問始まる②.(2023年8月28日).
https://www.f-daiichi.jp/blog/atsushi_nakayama/5123/
鈴木貞夫(名古屋市立大学大学院医学研究科公衆衛生学分野教授)[八重・椿論文][統計的有意差]