本稿では,感染症の中から診療科を問わず日常の診療で対応することの多い,かぜ症候群を中心に妊婦での対応を述べる。かぜ症候群は,患者のくしゃみなどの飛沫を介してウイルスなどの病原体が気道内に入って気道粘膜に付着し侵入,増殖することから始まるとされ,主な原因ウイルスとしてはライノウイルス,コロナウイルスが多い。自覚症状は鼻汁,鼻閉,咽頭痛が主体で,ほかに発熱,頭痛,全身倦怠感などがある。下気道まで炎症が及ぶと下気道症状(咳,痰)が出現する。
妊娠中のかぜ症候群の診断は非妊時と同じ要領で行うが,高熱を認める場合は迅速検査キットを用いて新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染,インフルエンザウイルス感染,A群溶血性連鎖球菌(GAS)感染を鑑別する。肺炎を疑う場合はX線検査による精査を考慮する。
かぜ症候群の場合は対症療法を行う。非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)は動脈管収縮,新生児遷延性肺高血圧,羊水過少,新生児壊死性腸炎といった胎児毒性の報告があるため,消炎鎮痛薬投与を要する場合はアセトアミノフェンを第一に選択する。細菌による二次感染を疑うなどの理由で抗菌薬を処方する場合は,原則ペニシリン系もしくはセフェム系を選択する。肺炎を疑う場合は,患者に必要性を説明し同意を得た上でX線検査の実施を考慮する。高熱を認める場合は,迅速検査キットを用いてインフルエンザウイルス抗原とともにGAS抗原の有無を確認する。
妊婦がインフルエンザウイルスに罹患すると,非妊婦に比べて重篤な合併症を起こしやすい。また,インフルエンザに感染した妊婦への抗インフルエンザウイルス薬投与は,重症化を予防するエビデンスがある1)。よって,妊娠時期にかかわらず薬物治療を行う。抗インフルエンザウイルス薬は,現在までに妊婦への投与による胎児の有害事象の報告のないオセルタミビル,ザナミビルもしくはラニナミビルを選択する。処方内容や,発症から48時間以内に投与を開始することが基本である点は非妊婦と同様である。インフルエンザ患者と濃厚接触した場合の予防投与は,薬剤抵抗性ウイルスの出現の可能性を制限するため,一般的には広くルーチンに行うことは推奨されていないが,妊婦の場合は罹患すると重症化するリスクがあるため,濃厚接触から1.5日以内の場合は予防投与を考慮する。
GASは健康な人にも生息する常在菌であるが,稀にこの菌の感染により急激にショック状態となり,多臓器不全または死に至る敗血症病態(劇症型GAS感染症)となることがある。劇症型GAS感染症の中の,妊婦に発症する「分娩型」は,先行する上気道炎などから血行性に子宮筋層に感染し,急激な分娩の進行と胎児死亡や胎児心拍数異常,敗血症性ショック,播種性血管内凝固症候群(DIC)から高率に胎児・母体死亡を引き起こすため,これを疑う場合は速やかに全身状態の管理,抗菌薬(ペニシリン系とクリンダマイシンの併用)投与の開始とともに胎児の状態を評価する。
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