厚生労働省は、阪神・淡路大震災(1995年)での被災経験をもとに、発災早期から迅速に救急医療を提供する医療チームを立ち上げ、災害派遣医療チーム(disaster medical assistance team:DMAT)と命名した。DMATは防ぎうる死を減らすという目標のもと、救急医や外科医などを中心として編成された。少し乱暴に言えば、災害救助法の趣旨に則り、保健所等が行う予防医学的対処では不足する、超急性期医療の提供を主業務とする、厚労省所管の民間医療隊である。
阪神・淡路大震災の有り様を映し出す中継画像を見ていた筆者は、そこにどんな人々がいて、どんな問題があるのか俄かには理解できなかった。しかし程なく、家屋が倒壊して火災が発生する映像が流れると同時に、警察官や消防士に詰め寄る人々の姿を眼にした。家族や隣人の救助を請う人々の姿である。災害救助法によれば、基本的に災害対応は被災自治体の責務である。自治体の能力を超えると判断された場合に初めて都道府県や国への支援要請が行われる。
この建付けは現在も変わっていない。つまり、上申・申請・依頼の手続きを要する「願い出制」である。幕藩体制時代から変わらないこのような統治や自助的対応の仕組みは、いまだに自治体の経済状況や人的リソースに依存する不均一で不統一な様相を見せている。いつでもどこでも同質の社会サービスが可及的に提供されるという風にはなっていないのである。そのため、DMATは依頼ではなく発災の規模をもとに初動する、いわば「勇ましい」医療隊である。
しかし医療法では、往診や在宅医療を除けば、医療は医療機関において行われる行為と定義されているため、軍隊における野戦病院のような機動性や柔軟性を有する装備と人員は持ち合わせていない。相変わらず、病院で患者を待ち、十分なリソースの下で高度な医療を提供するということである。そのため、傷病者を被災地から後方の医療機関に搬送する仕組みのほうに多大な財源が割かれる。
戦争にせよ災害にせよ、非日常的規模の被害事案に対処する組織の装備※1を見れば、その役割がおのずと明らかになるものである。そして、その活動を真に支えるのは兵站、あるいはロジスティクスと呼ばれる、補給の仕組みである。言うまでもなく、その背後には相応の予算措置※2や指揮系統が必須である。
さらに、組織の柔軟性も求められる。しかし、消防・警察・自衛隊といった治安機関のみでは、災害に誘発された市民の傷病者への対処が困難であることは明白である。たとえば、戦傷者は自衛隊の医務官や赤十字社が対処するとしても、消防や警察の構成員に傷病者が発生すれば、結局のところ受け入れ先を特定できないままに「救急車を呼べ」ということになる※3。しかし、それぞれの所管医療機関や災害拠点病院だけで多数の傷病者、特に感染症患者を受け入れる搬送先を賄うことは困難で、救急車は路頭に迷う。現状では、広く一般医療機関に頼らざるをえないが、集団感染症ではそれができるのか。(続く)
※1 DMAT標準装備品リストの例(石川県の場合:2009年版)
※2 日本DMATの整備に必要な資機材の購入(各医療機関2チーム目まで)および日本DMATが出動する際に使用する緊急自動車の購入に必要な経費(赤色灯の設備および車体へのDMAT車両である旨の表示に係る経費を含む:高知県の場合)
https://www.pref.kochi.lg.jp/soshiki/131301/files/2017031600053/file_20174171111251_1.pdf
※3 かつての国営公社や現業は自前の医療機関を有していた。現在でも警察と自衛隊には関連する大規模医療機関が少数ながら存在するが、主として特殊な症例や所管する公務員等の福利厚生が要務となっており、今日では他の医療機関と同様に法人としての運営が求められている。また、消防隊員のための大規模な病院はない。ましてや、DMATやJMATのための医療機関という概念は存在しない。
櫻井 滋(東八幡平病院危機管理担当顧問)[DMAT][指揮命令系統][装備品]