「世の中には決して信用してはいけないタイプの人間が存在する」。これは、最近出版された『気はやさしくて力持ち 子育てをめぐる往復書簡』(晶文社刊)で内田樹先生が紹介された言葉だ。
内田先生のお父上は戦争中に「ことの筋目を通す、信用できる人」が世の中にはいる一方で、「決して信用してはいけないタイプ」の人間に遭遇する。学歴や地位も申し分ないのに、損得勘定や私利私欲で動き、言動がぶれまくり、平気で人を騙すようなタイプの人間だ。
大学や医療界に長くいると、この手の「信用してはいけないタイプ」の人間に時々邂逅するので、この文章はとても腑に落ちた。特に痛感させられたのが例のダイヤモンド・プリンセス号の一件だ。船内での感染対策を希求しながら、政治的圧がかかったとたんに手のひら返し、「船内の感染対策は概ね適切だった」と急に「言動がぶれまくり」権力の側にすり寄る。
「自分が船内にいて、君に会ったことは絶対に他人に言わないでくれ。もし口外したら法的措置に出る」と脅されたこともあった。別に脅す必要はない。医者だから守秘義務は遵守する。船内で会った人物たちとの会話や個人情報は口外していない。今後も、脅してきた人物の名前を明らかにすることはないけれども、現在も表舞台で活躍する笑顔が爽やかな「好人物」は、裏の顔はとてもどす黒いことを僕は熟知しているだけだ。
彼らが翻身しなければ受けなかったであろう数々の誹謗中傷やバッシングに憤慨しないわけではない。しかし、それでも「ことの筋目を通す」ことは大事なのであり、そういう連中のために自分自身もダークサイドに墜ちてしまうことだけは避けねばならない。世間の評判を高めるよりももっと大事なプライドの置きどころは存在するのだ。
そうそう、「お前は個人の会話は口外してないとか言っときながら、船内の感染対策についてはYouTubeで公にしたじゃないか」という反論はあろう。あれについては僕はちゃんと情報公開についてなんの契約上の瑕疵も守秘義務も存在しないことを確認してからやっている。その証拠に僕は何一つ法的な処罰は受けていないし、大学での懲罰の対象にもなっていない。言うまでも無いがクルーズ船には、すべて正規の手続きをふんで入ったのであり、一部で言われるように「勝手に入った」わけではない。
人物の真贋を見極めるのは社会生活で極めて重要だが、フェイクは本物以上に良さげに見える。用心、用心である。
岩田健太郎(神戸大学医学研究科感染治療学分野教授)[ダイヤモンド・プリンセス号]