周知のように、酸素はほとんどの生物の生存に必須な物質である一方で、活性酸素の生成により組織傷害など様々な有害作用を発揮する。生物の進化・絶滅過程において、大気中酸素濃度の変動が重要な役割を果たした可能性も指摘されている。
ヒトが許容できる酸素濃度に関しては、古くは主に呼吸生理学の分野で検討され、吸入気酸素濃度(FIO2)≧60%で曝露される肺の傷害リスクが高まるとされてきた。一方、ヒトにおいては短時間であれば純酸素にも耐えうることが経験されている。
動脈血酸素分圧(PaO2)については、死亡率とU字曲線の関係にあることが観察研究から示唆されている。<60mmHgの低酸素血症を避けるのは生理学的に必然として、高酸素血症も病初期から≧300mmHgと不良転帰の関連性が蘇生患者で示されており、我々も敗血症や外傷患者で同関連性を認めている1)。
一方、至適酸素化に関する介入試験も多数行われており、2022年以降も米国のPILOT試験、オランダのICONIC試験が公表され、いずれもICUの人工呼吸管理患者を対象とし、28日死亡率などに差を認めなかった2)3)。ただし、前者は2541人を組み入れたものの3群の酸素飽和度(SpO2)実測中央値が94、95、97%と差が小さく、後者では2群のPaO2実測中央値が75、115mmHgと十分な差が保たれていたが、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミックにより664人で中断され、いずれも検出力が不十分だった可能性が残る。加えて、各介入試験の対象・除外疾患や酸素化の設定が異なるため、一括したメタ解析での評価も難しい。この先は4万人を目標に進行中のMega-ROX試験の結果待ちとなる。
集中治療領域のガイドラインにも酸素化の項が設けられているが、推奨はまちまちである。「日本版敗血症診療ガイドライン2020」はSpO2の管理目標を高め(98〜100%)にしないことを弱く推奨、「SSCG2021」は推奨の提示なし、日本版「ARDS診療ガイドライン2021」は過度の低SpO2を目標とした管理を弱い非推奨としている。また、酸素療法のガイドラインも英国、豪州、独国などから出ているが、推奨域がSpO2 92〜98%の間でばらついている。
結論的に、酸素化の推奨域は観察研究からは示せず、介入研究のエビデンスも不十分である。極力FIO2<60%で管理し、初療時から低・高酸素血症を避け、患者の基礎・原因疾患や病勢に応じて安全域に保つという従来の戦略が今も命脈を保っていると言えよう。
【文献】
1)Yamamoto R, et al:BMJ Open Respir Res. 2023;10:e001968.
2)van der Wal LI, et al:Am J Respir Crit Care Med. 2023;208(7):770-9.
3)Semler MW, et al:N Engl J Med. 2022;387(19):1759-69.
藤島清太郎(慶應義塾大学予防医療センター特任准教授)[敗血症の最新トピックス㊽]