No.5209 (2024年02月24日発行) P.30
五十嵐 侑 (産業医科大学産業生態科学研究所災害産業保健センター講師)
登録日: 2024-02-07
最終更新日: 2024-02-07
産業医科大学では、2011年の東日本大震災の福島第一原子力発電所支援を契機に、熊本地震や人吉球磨地区の豪雨被害への支援など、災害時の労働者の健康確保支援活動を社会貢献の一環として実施してきた1)。そして、今後発生しうる災害時の企業等の産業保健ニーズ支援や労働者の健康確保支援を目的として、2021年12月に災害産業保健センターが設立された2)。災害産業保健とは、健康危機管理のうち、労働者やレスポンダー(医療・介護従事者)らの健康管理を行うものであり、初期の災害対応から復旧・復興対応における災害対応者の健康影響を最小化することがミッションである。
災害発生時には、復旧・復興作業に多くの労働者が従事し、長い期間にわたって労働者の健康問題(例:過重労働や熱中症、感染症、メンタルヘルス不調など)が発生する。復旧・復興の原動力はそこで働く人であり、その基盤は働く人の健康である。復旧・復興の作業を速やかに進めるためにも、そこで働く人たちの健康を支援することはきわめて重要である。
これまでの取り組みとしては、南海トラフ地震への備えとして、産業医科大学は高知県との間に、災害発生時には産業保健的支援を行う協定を結んでいた。また、厚生労働科学研究として、実効性のある自治体職員への災害産業保健のための方策(分担研究者:久保達彦)や、災害派遣精神医療チーム(DPAT)活動における機能強化と激甚災害(南海トラフ地震等)への対応検討のための研究(研究代表者:福生泰久)を行ってきており、災害時における産業保健や支援者支援について方策を検討してきた。
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1月1日に発生した能登半島地震では、災害産業保健センターは、1月12日に石川県保健医療福祉調整本部に入ることになった。我々は、保健医療福祉調整本部の中にあるJ-SPEED班(班長:J-SPEED解析支援チーム/広島大学公衆衛生学・久保達彦)に健康管理担当として入り、災害産業保健支援チーム(DOHAT)としての活動を開始した。現在の取り組みとしては、県外からの医療支援者の健康管理と、石川県内の行政職員の健康管理を行っている。それぞれ以下の通り、概要を紹介する。
石川県保健医療福祉調整本部に入って活動しているDMATやDPAT、日赤救護班、JMAT、災害支援ナース、JRAT、DWAT、DICT、DHEAT、さらにはボランティアといった県外から来訪した支援者の健康管理を行っている。
被災地では感染症の蔓延もあり、支援者の健康管理の重要性が増している。そこで、J-SPEED+アプリを使って毎日の健康状態を登録するよう呼びかけている。被災地の厳しい状況から、完全に感染症を防ぐことは難しい状況であるが、そのような中でも早期に探知し、管理体制につなげることが重要になる。入力されたデータから、災害産業保健支援チームがモニタリングして適切な対応につなげている。
かねてより、発災以降、自治体職員は強い使命感のもと住民保護に従事することや、災害対応時に、極端な職務環境に晒され疲弊すること、自治体職員の疲弊対策/健康管理が災害対応の成否に直結する重要課題となっていることが、調査により判明している。スクリーニング体制がないと、体調不良に気づかないまま勤務することがある。そこで、毎日の健康状態をJ-SPEEDウェブ版(広島県が新型コロナウィルス感染症対応で整備したJ-SPEED電子システムを広島県の協力のもと緊急整備)に登録するよう行政自治体職員に呼びかけ、入力されたデータを災害産業保健支援チームがモニタリングして適切な個別支援につなげている3)。また、集団全体のデータから、災害特有の勤務環境の状況を把握し、各自治体とも連携しながら就業上の配慮などにつなげている。
改めて強調しておきたいことは、被災者の健康を守るには、支援者の健康も同時に守る必要があるということである。支援を行う者も、その支援活動によって健康の問題が発生しうるため、支援者にも支援が必要である(=支援者支援)。支援者の特性によって、それぞれ健康問題が発生する要因は異なり、それらに応じた対策が求められる。場合によっては、バーンアウトや離職・休職といった問題が起きることで、支援活動が続けられなくなる方も出てくる。我々災害産業保健支援チームは、それらを早めに検出し、支援につなげていく取り組みに挑戦している。
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今回の能登半島地震への対応において、我々災害産業保健支援チームは
・災害時の防ぎうる重大な作業関連疾患をゼロにすること
・被災地域の労働衛生の向上により労働者の健康障害の最小化に貢献すること
・活動を通じ被災住民への支援活動に貢献すること
をミッションに掲げている。
災害発生直後から長期的な対応が必要になると思われるが、少しでも災害対応者らの健康確保につなげることで、地域の復旧・復興にも貢献したい。ホームページやX(旧Twitter)を通じて、災害時の産業保健に関する情報提供を開始しているので参照していただきたい4)5)。
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なお、最後になるが、災害産業保健支援チームは、今後の災害発生時においても、復旧現場で働く方々の健康を守るための活動を行っていく。産業保健は、企業の事業者の要請がなければ動けないことが大きなジレンマである。そのため、本稿をお読みの先生方で、担当する企業が被災した場合においては、ぜひ我々に要請をいただければ幸いである。
【参照】
1)立石清一郎, 他:産業学レビュー. 2023;35(3):125-42.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/ohpfrev/35/3/35_125/_pdf
2)産業医科大学産業生態科学研究所災害産業保健センターの紹介
https://dohcuoeh.com/laboratory/
3)石川県内自治体職員向け行政職員健康管理版J-SPEED:令和6年能登地震対応における行政職の疲弊対策
https://www.j-speed.org/gyosei
4)災害産業保健センター 令和6年能登半島地震 産業保健職向け情報提供
https://dohcuoeh.com/notoearthquaketop/
5)災害産業保健センターX(旧Twitter)アカウント
https://twitter.com/disasterOHC
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