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AI時代の教育フレームワークとしての「経験基盤型医学教育」の提案[提言]

No.5212 (2024年03月16日発行) P.50

駒澤伸泰 (香川大学医学部地域医療共育推進オフィス特命教授/医学教育学講座)

横平政直 (香川大学医学部医学教育学講座教授)

登録日: 2024-03-18

最終更新日: 2024-03-12

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  • 〔要旨〕ディープラーニングの高度解析能により加速される現在の人工知能(AI)は,臨床現場においても革新的変化を与えている1)。現在の医学生および若手医師は,AIによりさらに進化が予測される未来医療を担うことになる。ゆえに,現在の医学教育には,AIの利点を最大限活用するのみならず,リスク対応を含めた臨床判断力などのノンテクニカルスキル育成が求められる。その観点からは,医学教育を担う医育機関は「AI管理に関するノンテクニカルスキル」の育成を学修目標に組み込む必要がある。
    AI管理に関するノンテクニカルスキル育成においては,リテラシーに加えて「経験」こそが何よりも大切である。AI時代を担う未来の医師養成においては「経験基盤型医学教育(EXPBME)」フレームワークを意識し,自己調整学習力の涵養が必要ではないだろうか。

    1 はじめに

    現代の医学医療界はデータサイエンス・人工知能(artificial intelligence:AI)の革新的発展により,医療体制全体が継続的変化に直面している1)2)。そして,現在の医学生や若手医師は,さらなる進化を遂げたAI時代の医療を担うことになる。この観点からも,我々は,社会や時代のニーズに適合した医学・医療者教育のあり方について継続的に検討していくことが求められる。

    令和4年度に改訂された現行の医学教育モデル・コア・カリキュラムでは,医師に求められる資質として「情報・科学技術を活かす能力」が追加された3)。この項目においては「情報・科学技術の専門家とともに,技術を医療へ応用する際に,医療者に求められる役割を理解している」など,情報・科学技術に関するコンピテンシーを含めた学修目標が明確に提示されている。

    2 医師に期待される「AI管理」に関するノンテクニカルスキル

    医療へのAI活用には,様々な利点だけでなく相応のリスクが伴うことは言うまでもない。特に,AIは社会構造を変化させる性質を有するため,倫理的もしくは個人情報管理におけるプライバシー権などの倫理的・法的・社会的課題(ethical, legal and social issues:EL SI)を継続的に省察,議論する必要がある。

    既にAIの一部は医療界の様々な場面に導入されてきているが,AIによる画像診断や臨床判断は必ずしも正確でないことは,誰もが経験しているだろう。しかし,医療者は,提示される画像診断や臨床判断の採否の責任を有することになる。ゆえに,AIを制御するノンテクニカルスキル,特にAIの欠陥やリスクを認識する能力は,これからの医師に求められる基本的な能力のひとつになる4)。AI時代の医師は,その潜在的なリスクを認識し,「AI管理に関するノンテクニカルスキル」の継続的な重要性を強調すべきである。 現在の医学生や若手医師が今後の変化に柔軟に対応するために,医育機関はAI管理に関するノンテクニカルスキルを育成するカリキュラム構築と質改善が求められる。

    3 ノンテクニカルスキル涵養に不可欠な「経験」 ─AI時代における経験基盤型医学教育の意義

    臨床現場においては,ノンテクニカルスキルの重要性が強調されてきた。ノンテクニカルスキルは,テクニカルスキル以外のすべてを包括する概念であり,「状況認識」「意思決定」「効果的なコミュニケーション」「ストレス管理」に関連するスキルの総体である5)。これまでの医療技術の高度先進化においても,ノンテクニカルスキルの重要性が叫ばれてきた。ゆえにAIに駆動された医療界においても,AI管理に関するノンテクニカルスキルは同様に不可欠である。さらに,すべての医療者は,AI生成データの膨大な情報を吸収するだけでなく,効果的な患者ケアのための「AI管理に関するノンテクニカルスキル」を意識する必要がある。再度強調するが,AIの統合的情報により「推奨が示唆」されても,その「推奨が適正かどうかを判断する」のは医師自身である。

    ノンテクニカルスキルを涵養するには,知識のみならず「経験」からの深い学びが必要である。これまでの新規医療技術の導入を振り返っても,経験に対する省察を基盤として,利活用とリスクマネジメントに関するノンテクニカルスキルを修得してきたのではないだろうか。AI管理に関するノンテクニカルスキル育成においても,AIリテラシーだけでなく「AIに関する経験」とその省察を重視した経験型学習に基づいた学びを基盤とすることは間違いない。そして,医療従事者は「AIに関する多様な経験」を基盤としたノンテクニカルスキルにより臨床判断をくだしていくことになる。

    もちろんAIも,機械学習を活用した経験を繰り返しながら精度を高めていくというシステムに,その有用性の根拠がある。しかし人間は,経験に対する徹底的な省察からの学びをエビデンスとして活用することができる。この「経験」に対する省察と学びこそが,人間とAIの差であり,人間の優れた部分であろう。

    筆者らは,AI時代にこそ,AIが浸透した臨床現場における「経験」の徹底した省察による学びが必要であると考えている。そして,「経験基盤型医学教育(experi ence-based medical education:EXPBME)」という教育フレームワークを提唱した6)。EXPBMEは,経験学習(experiential based learning)を教育フレームワークレベルまで重視した考え方である。すなわち,AIに関するリテラシーを得るだけでなく,AIを医療現場で経験し省察することで,その利益とリスクを判断するノンテクニカルスキルを涵養できる。AI時代の臨床環境においても,経験とその省察を重視する学修姿勢こそが,AI管理に関するノンテクニカルスキルを育成することができる。そして,学修者および教育者の双方が,EXPBMEというフレームワークを意識し,経験を省察することで,ノンテクニカルスキルの円滑な涵養につながる(図1)7)8)

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