No.4787 (2016年01月23日発行) P.70
仲野 徹 (大阪大学病理学教授)
登録日: 2016-09-08
最終更新日: 2017-01-27
ベストセラー『妻を帽子とまちがえた男』の著者、映画『レナードの朝』の原作者で神経学者オリバー・サックスの自伝『道程』を読んで驚いた。何冊もサックスの本を読んだことがあるけれど、そこから想像していたイメージとまったく違ったのだ。
患者に対してものすごい共感を持った医師なのだろうと勝手に思い込んでいた。ところが、そうではなかった。子供の頃に疎開先の学校で虐待とも言える扱いを受けたせいか、他人に対する共感が少ない。だからこそ、患者を対象に客観的な観察や考察ができたのだという。
両親とも医師で、ユダヤ人として生まれたサックス。若い頃はウェイトトレーニングに熱心ですごいマッチョ。バイクが好きで長距離をハイスピードでぶっとばす。そして、薬物中毒。終生ホモセクシュアルであったことも、その遍歴をふくめて詳しく書き込まれている。驚愕だ。
他者についてよりも、自己についての観察と考察のほうがはるかに深かったであろう。このような自伝をしたためるのはつらくなかったのだろうか。しかし、文章にそのような様子は感じられない。
残り570文字あります
会員登録頂くことで利用範囲が広がります。 » 会員登録する