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【識者の眼】「学費は安いほうがよい」岩田健太郎

No.5221 (2024年05月18日発行) P.66

岩田健太郎 (神戸大学医学研究科感染治療学分野教授)

登録日: 2024-04-26

最終更新日: 2024-04-26

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慶応大学の塾長が、国立大学の学費を値上げするよう提言したそうだ。短見だと思う。その理由は多々あるが、ここでは「学費は安いほうがよい」という一般解として議論したい。

医学部卒業生は案外、選民主義的な人が多い。患者はどの層からもランダムに発生するから、選民的では困るのだが、自分が選ばれてきた人物なのだという自負が選民意識を促しがちだ。学力の低い人達を蔑み、そういう人の大学教育を「ムダ」と断じがちだ。

しかし、能力の高低を根拠に人を蔑む人々は、自分より能力の高い人にヘイコラする以外の選択肢を持たない。そして、自分よりデキる人は必ず、いる。世界レベルになれば確実だ。大谷翔平みたいなスーパートップ以外は。そして、意外というかやはりというか、大谷翔平は決して、自分より野球ができない仲間を蔑んだりはしない。

能力をもって人を蔑む人は、必ずこのジレンマに陥る。あるいは、現実を無視して見たい世界(自分より下)だけを見るというもっと惨めな態度に陥る。ぼくはこのことを、世界で最初に抗生物質をつくった秦佐八郎の伝記的小説『サルバルサン戦記』の隠れテーマにして書いた。

かつて、大学医局が強かった頃は、「保育所に子供送るから朝のカンファでれない? そんなやつはここに来るな」「当直入れない? 医療ナメてんのか」と上から目線で夜討ち朝駆けな強者ばかりを選抜できた。しかし、10のパワーを出す人物が5人いるだけのチームと、1とか2のパワーを受け入れてたくさん参加できるチームでは、チーム力の総量は絶対に後者が上なのである。「週1回の外来だけでもいいから、入ってくれませんか?」と言えるほうが強いのだ。単純な足し算の問題だ。「多様性」を尊重するとは、観念論ではなくチーム生存のための必然なのだ。

学力の低い人は大学教育など必要ないという国では、教育格差は広がり、デキる人だけ伸びて、できない人はまるでできない社会が構成される。一方、どんな学力の人にも能力に応じた学びの場を与えられた国では、皆が向上していくわけで、国の知性の総量はこちらのほうが上なのは必然だ。エラい人にはそれがわからない。

学費が安ければ経済的に不利な学生も進学可能になる。多様性は国家を強くする。

で、貧困層出身の学生が真の実力者だったりするわけで。好成績が、実は経済力による嵩上げの結果だと気づかされるのも多様性がなせる業だ。

学費は安いほうがよい。

岩田健太郎(神戸大学医学研究科感染治療学分野教授)[選民意識[多様性]

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