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【識者の眼】「非感染性・慢性疾患の疫学者が語る『新型コロナワクチンとがんの年齢調整死亡率』」鈴木貞夫

No.5226 (2024年06月22日発行) P.63

鈴木貞夫 (名古屋市立大学大学院医学研究科公衆衛生学分野教授)

登録日: 2024-06-04

最終更新日: 2024-06-04

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3月に執筆した連載(No.5221)で、「私なら採択しない」と書いた宜保氏らの論文(日本語訳「日本におけるCOVID-19パンデミック時のmRNA─脂質ナノ粒子ワクチン3回目接種後のがんの年齢調整死亡率の上昇」。以下、宜保論文)が、査読つき英文誌より出版され1)、驚いた。

「私なら採択しない」と書いたものが採択されたのだから、何らかのコメントが必要と思い、今回の原稿とする。なお、新型コロナパンデミックは2020年から、ワクチンは2021年から、3回目接種は2022年である。

まず、タイトルを読んで、3回目接種後にがんの年齢調整死亡率(以下、AMR)が上昇していると思うのは当然であるが、男女計の全がんAMRは、2019〜22年までに、279、277、275、274と減少している2)。しかし、抄録には「2021年には一部のがんの超過死亡が観察され、2022年には全がんと卵巣がん、白血病、前立腺がん、口唇・口腔・咽頭がん、膵がん、乳がんで有意な超過死亡が観察された」とあり、全がんで観察されたのは、「有意な超過死亡」となっている。

気をつけなくてはならないのは、「超過死亡」の定義である。宜保論文では、2020〜22年の3年間のAMRを、2010〜19年の10年間のAMRをベースラインとした回帰直線と比較し、残差(回帰直線からのズレ)をもって2020〜22年の超過死亡としている。抄録の全がんの有意な超過死亡というのは、ベースライン期間ほどにはがんが減少せず、2022年にはズレが有意になったということを指している。しかし、タイトルは「有意な超過死亡」ではなく、「年齢調整死亡率の上昇」とある。この二者は同じではない。

この回帰分析のベースラインは2010〜19年であるが、この選択に対しての理由は書かれていない。回帰直線は、ベースラインから離れるほどズレが大きくなるのは当然で、たとえば卵巣がんでは、2021年から有意にAMRが高くなっているが、上昇そのものは2020年から始まっている。上昇がいつ始まったかを判断する論拠として、ベースラインとの乖離の有意性を使うとしても、一定の前提は必要だろう。

また、乳がんも有意な超過死亡が観察されたとしているが、乳がんのAMRは、2020〜21年には有意に低い値を示している。2022年には上昇しているが、ほぼ回帰直線上で、どこにも「有意な超過死亡」は認められない。乳がんを有意とした理由は、2022年の6月と8月に月別の有意高値が認められたからと読めるが、2022年全体が有意でないのだから、これで「乳がんの有意な超過死亡が認められた」とするのはきわめてアンフェアである。

6月中には2023年のがん死亡のデータが公開される。宜保氏らは責任を持ってデータをアップデートした続報を出すべきであり、方法論についてもきちんと吟味すべきだ。

【文献】

1) Gibo M, et al:Cureus. 2024;16(4):e57860.

2) 国立がん研究センターがん情報サービス公式サイト:がん統計.(厚生労働省人口動態統計)

鈴木貞夫(名古屋市立大学大学院医学研究科公衆衛生学分野教授)[超過死亡

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