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【識者の眼】「風疹に封印〜その2」森内浩幸

No.5226 (2024年06月22日発行) P.62

森内浩幸 (長崎大学医学部小児科主任教授)

登録日: 2024-06-11

最終更新日: 2024-06-11

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先天性風疹症候群(congenital rubella syndrome:CRS)を防ぐためのワクチンは、①思春期女子または/および妊娠可能年齢女性、②乳幼児男女─が接種対象となる。ただ①では風疹流行は続くため、何らかの理由で免疫が獲得できなかった女性にはCRS児を産むリスクが残る。また②でも接種率が中途半端だと、未接種児は大人になってから風疹に罹患するリスクが高くなる。

ギリシャの悲劇

ギリシャは②の方法で失敗した。1975年から1歳児への接種が開始されたが、接種率は5割を切っていた。ただワクチンが風疹流行を多少抑え込んだ結果、1980年代後半には妊娠可能年齢女性のうち風疹に感受性を持つ割合は20〜35%になっていた。しかし1993年に大人が中心となる風疹流行が起こり、ワクチン導入以前よりも多くのCRS児が生まれてしまった。不十分なワクチン接種では逆効果になるのだ。

日本の迷走

日本では1977年に女子中学生への接種が始まった。当時の男性(1962〜79年度生まれ、「無に(’62)泣く(’79)世代」)には接種されなかった。当然ながら流行は途切れず、一定数のCRS児が生まれたために②に舵を切ったが、学校での集団接種から診療所での個別接種に切り替わったこともあって、当初男女とも接種率が低くなってしまった。これらの感受性集団が時限爆弾となって2012〜13年に久しぶりに大流行が起こり、45人のCRS児が生まれてしまった。

この感受性集団を残しておくと同じことが繰り返されるため、「無に(’62)泣く(’79)世代」男性への無料の風疹抗体検査+ワクチン接種が行われている。ただ残念ながら、本年度末(2025年3月末)で終了するのに進捗は芳しくない。歴史は繰り返されるのだろうか。

ベトナムの挑戦

ベトナムでは風疹ワクチンの導入が遅れていた。筆者らは妊婦の風疹抗体保有率が70%しかなく、風疹流行後に多くのCRS児が生まれたことを報告した。これを受けてベトナム政府は対策を検討したが、それに先立ち共同研究者が数理モデルでどのような予防接種スケジュールが有効かシミュレーションをした。その結果、「9カ月乳児への定期接種のみ」または「妊娠可能年齢女性(15〜49歳)へのキャッチアップ接種とそれに続く9カ月乳児への定期接種」ではむしろCRS児が増える(ギリシャの悲劇の再来)一方、「9カ月〜14歳の子どもへのキャッチアップ接種とそれに続く9カ月乳児への定期接種」は劇的にCRSの発生を減らすと予測された。これを受けて2014年、国を挙げて1〜14歳の子どもへのキャッチアップ接種とそれに続く18カ月児への定期接種が始まった。幸いその後風疹の流行は抑えられており、CRSの発生も少なくなっている。

風疹に封印

CRSはワクチンで封印できる。しかし有効なワクチンがあるだけでは不十分で、正しい接種スケジュールのもと、高い接種率を維持することが不可欠だ。

森内浩幸(長崎大学医学部小児科主任教授)[感染症の歴史風疹(2)

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