「PDCAサイクル」という言葉は、きっと多くの読者にとって耳馴染みのあるものだろう。Plan(計画)・Do(実行)・Check(評価)・Act(改善)の4つのサイクルを回すことで事業改善をめざすこの考え方は、医療現場でもメジャーになって久しい。医療の質や業務の改善など、様々な場面で用いられている。
地域医療においてはどうだろうか。多様な人が暮らす地域社会では、多様な課題が存在している。また、関わる人も状況も様々で、非常に複雑に絡み合っている。そんな中で地域の健康課題の解決をめざしてまちに出ようとするとき、そのプロジェクトはどのような改善をしていくのがいいのだろうか?
現代は「VUCA(ブーカ)の時代」といわれる。Volatility(変動性)・Uncertainty(不確実性)・Complexity(複雑性)・Ambiguity(あいまい性)の頭文字であるVUCAは、「先行きが不透明で将来の予測が困難な状態」を指す。未知の感染症の流行や世界の国々で戦争が起こる中で、平和が今後も続く保証もなければ、日本の医療福祉制度や社会保障も今のままでの維持は難しいことを、現代に生きる私たちは知らなければならない。
現代社会の課題解決をめざすとき、PDCAサイクルを地域医療のプロジェクトに当てはめようとすると、そぐわない部分もあることに気づく。第一は、Plan(計画)の難しさだ。前提となる社会や地域の状況が刻一刻と変化する中で綿密な計画に時間を費やせば、なかなかDo(実行)に移れないことがある。第二は、Check(評価)の存在だ。勿論プロジェクトには評価がつきものであるが、過剰に評価を意識すれば結果が確実に予想できるものしか立案できず、また、評価が過剰にストレスやプレッシャーとなれば、プロジェクトはおのずと縮小していってしまう。
「AARサイクル」は、OECDが2015年に立ち上げた「教育とスキルの未来2030プロジェクト」で紹介されたものだ。個人や社会のwell-beingを達成するために学習者のためのサイクルとして提唱されたもので、Anticipation(見通し)・Action(行動)・Reflection(振り返り)の3つのサイクルを繰り返し、学びを深める考え方である。AARサイクルでは、ある程度の見通しを立てたら、まず行動してみるということが重要だ。コミュニティデザイナーの西上ありさ氏は著書『ケアする人のためのプロジェクトデザイン』で、「こうすればもっと楽しくなるぞ! と未来に期待することがAnticipation」と述べている。ワクワクする未来を思い描いて、まずはプロジェクトを動かしていくAARサイクルを重ねることは、住民の共感が成功の重要な鍵となる地域でのプロジェクトで特に有用である。
現代の医療は、ただ病気を治療するだけではなく、人や社会のwell-beingにも広く関わることを求められるようになってきている。地域医療に関わる医療者は、向き合う地域課題とプロジェクトの特徴をふまえ、改善のためのサイクルを選び取れるようでありたい。
坂井雄貴(ほっちのロッヂの診療所院長)[地域医療][コミュニティドクター][AARサイクル]