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【識者の眼】「『不正のトライアングル理論』で考える医療事故調査」榎木英介

榎木英介 (一般社団法人科学・政策と社会研究室代表理事)

登録日: 2024-09-11

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不正のトライアングル理論をご存知だろうか。

機会、動機、正当化の3つが不正を起こす理由であるという理論だ。犯罪学の概念であり、もととなった論文を読んだことがないのだが、企業の不祥事や医療過誤などでも、この理論について考察されている。

この考えを医療事故にあてはめてみると、以下のようになる。

機会は考えやすい。指導や監視が不十分であったとか、チェックがおろそかになっていたなどだ。

動機はなかなか難しいが、過重労働や過度なプレッシャーなどが考えられる。

正当化は、忙しかったから仕方ない、ほかの人たちもやっていたから、患者のためにやったのだから、といったものだ。

医療事故を減らすには、それぞれに応じて対策を立てる必要がある。機会に関しては、ミスが起こらない環境をつくること、たとえば、ミスが起こってもすぐ発見できる指導、監視システムなどの構築。動機に関しては、過重労働を減らす、分業化をする。正当化は倫理教育を行う、ミスを心理的負担なく報告できる環境などだ。

現在の医療事故調査は、機会、動機、正当化の各要因を明らかにするものになっているだろうか。残念ながら否、と言わざるをえない。

この連載でも何度も触れてきたが、「未熟な医師」のせい、といった個人に責任を負わすような調査結果が何の疑問もなく発表されている。しかし、個人の責任を追及する調査が、不正のトライアングルのどの部分の解決になるのか。

責任追及をし、責任者を処罰すれば、自分の実力を超える無謀な行為には慎重(機会を減らす)になり、皆がやっているなどという意識を改善(正当化を抑制する)する可能性がある。しかし、難しい医療行為を避けるといった萎縮効果を生じさせる可能性がある。そして何より、ミスの隠蔽、調査への非協力などを誘発し、機会を中心とする原因が見過ごされる。

本連載の中で何度も触れており、しつこいと思われるかもしれないが、あらためて言わせてもらう。医療事故調査の目的は、責任者を探し出すためではない。将来事故を防ぐために行われるべきものなのだ。

【参考文献】

飯室 聡:医学界新聞. 2021;3450.

榎木英介(一般社団法人科学・政策と社会研究室代表理事)[機会][動機][正当化

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