株式会社日本医事新報社 株式会社日本医事新報社

CLOSE

社会の病を癒す経済学者が逝く [お茶の水だより]

No.4722 (2014年10月25日発行) P.7

登録日: 2014-10-25

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

▼世界的な理論経済学者で、行動する経済学者としても知られた東大名誉教授の宇沢弘文さんが先月、86年の生涯を閉じた。医療や教育、農業、自然環境、都市など、豊かな経済生活を営み、すぐれた文化を展開し、人間的に魅力ある社会を安定的に維持する社会的装置を「社会的共通資本」として提唱。医療界にも積極的に発言した。
▼宇沢さんは旧制一高生の頃、医学の道を断念している。医師は高潔、清廉潔白な人格をもち、すべての患者を癒すために全力を尽くすというヒポクラテスの誓いを知り、「私自身とてもヒポクラテスの基準をみたす高潔な人格とすぐれた能力をもち合わせていないと判断せざるをえなかった」と後に述懐している。その後、医学が人間の病を癒す学問であるとすれば、経済学は社会の病を癒す学問と考え、経済学を一生の営為の対象として選んだという。
▼社会的共通資本について著書の中で「より人間的な、より住みやすい社会をつくるためにはどうしたらよいか、という問題を経済学の原点に返って考える意図のもと作り出した」と説明し、医療の基本的考え方を「医療を経済に合わせるのではなく、経済を医療に合わせる」とした。さらに、医療に市場原理主義導入を求める主張に対し、「医師が、薬価差益などから構成される利潤を最大にするように診療行為を選択する行動をとるとき、医師としての資格は失われ、患者の信頼もまた完全に喪失し、医療制度そのものも円滑に機能しなくなる」と強く反対した。
▼こうした考えから、過去最大のマイナス改定が断行され医療崩壊が社会問題化した2006年ごろ、舌鋒は特に鋭くなる。医療費抑制を要求する経済財政諮問会議の民間議員らを「市場原理主義の毒を飲んだ経済学者」「経済が社会の病を作った」と批判。「ヒポクラテスの誓いを守って一生を医に捧げるための条件をつくるのが社会的共通資本としての医療の大きな課題」として、医療費の引上げを訴えた。
▼その後政府は社会保障費抑制政策から転換。超高齢社会を見据え、社会保障の機能を強化する社会保障・税一体改革関連法が成立した。しかし安倍晋三首相は現在、財政健全化に向け、社会保障を含めて聖域を設けず歳出改革に取り組む考えを示しており、社会保障費の重点化・効率化を厚労相に指示している。今後、政府が打ち出す医療政策が、社会の病を癒す政策なのかどうか。大経済学者が生涯をかけて追究した思想を今一度かみしめ、注視していきたい。

関連記事・論文

もっと見る

関連書籍

関連物件情報

もっと見る

page top